こう》す。六年、白龍庵|災《さい》あり、程済《ていせい》[#ルビの「ていせい」は底本では「ていさい」]募《つの》り葺《ふ》く。七年、建文帝、善慶里《ぜんけいり》に至り、襄陽《じょうよう》に至り、※[#「さんずい+眞」、第3水準1−87−1]《てん》に還《かえ》る。朝廷|密《ひそか》に帝を雲南《うんなん》貴州《きしゅう》の間に索《もと》む。
 八年春三月、工部尚書《こうぶしょうしょ》厳震《げんしん》安南《あんなん》に使《つかい》するの途《みち》にして、忽《たちま》ち建文帝に雲南に遇《あ》う。旧臣|猶《なお》錦衣《きんい》にして、旧帝|既《すで》に布衲《ふとつ》なり。震《しん》たゞ恐懼《きょうく》して落涙|止《とど》まらざるあるのみ。帝、我を奈何《いかん》せんとするぞや、と問いたもう。震|対《こた》えて、君は御心《みこころ》のまゝにおわせ、臣はみずから処する有らんと申《もう》す。人生の悲しきに堪えずや有りけん、其《その》夜《よ》駅亭にみずから縊《くび》れて死しぬ。夏、帝白龍庵に病みたもう。史彬《しひん》、程亨《ていこう》、郭節《かくせつ》たま/\至る。三人留まる久しくして、帝これを遣《や》
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