い政《まつりごと》を為《な》すを善《よ》くす。太祖《たいそ》の明《みん》の基《もとい》を開くに前後して大《おおい》に勢《いきおい》を得、洪武五年より後、征戦三十余年、威名|亜非利加《アフリカ》、欧羅巴《ヨウロッパ》に及ぶ。帖木児《チモル》は回教を奉ず。明の初《はじめ》回教の徒の甘粛に居る者を放つ。回徒多く帖木児《チモル》の領土に帰《き》す。帖木児《チモル》の甘粛より入らんとせるも、故ある也。永楽元年(1403)より永楽三年に至るまで帖木児《チモル》の許《もと》に在《あ》りしクラウイヨ(Clavijo, Castilian Ambassador)記《しる》す、タメルラン、支那《しな》帝使を西班牙《スペイン》帝使の下《しも》に座せしめ、吾《わが》児《こ》たり友たる西帝《せいてい》の使を、賊たり無頼の徒たる支那帝の使《し》の下に坐《ざ》せしむる勿《なか》れと云《い》いしと。又同時タメルラン軍営に事《つか》えしバワリヤ人シルトベルゲル(T. Schiltberger)記す、支那帝使|進貢《しんこう》を求む、タメルラン怒って曰く、吾《われ》復《また》進貢せざらん、貢を求めば帝みずから来《きた》れ
前へ
次へ
全232ページ中214ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング