うとく》、蘇州府《そしゅうふ》の命を以て史彬が家に至り、官を奪い、且《かつ》曰く、聞く君が家|建文《けんぶん》皇帝をかしずくと。彬《ひん》驚いて曰く、全く其《その》事《こと》無しと。次の日、帝、楊、葉、程の三人と共に、呉江を出《い》で、舟に上《のぼ》りて京口《けいこう》に至り、六合《ろくごう》を過ぎ、陸路|襄陽《じょうよう》に至り、廖平が家に至りたもうに、其《その》後《あと》を訊《と》う者ありければ、遂《つい》に意を決して雲南《うんなん》に入りたもう。


 永楽《えいらく》元年、帝|雲南《うんなん》の永嘉寺《えいかじ》に留《とど》まりたもう。二年、雲南を出《い》で、重慶《じゅうけい》より襄陽《じょうよう》に抵《いた》り、また東して、史彬《しひん》の家に至りたもう。留まりたもうこと三日、杭州《こうしゅう》、天台《てんだい》、雁蕩《がんとう》の遊《ゆう》をなして、又雲南に帰りたもう。
 三年、重慶の大竹善慶里《たいちくぜんけいり》に至りたもう。此《この》年《とし》若《もし》くは前年の事なるべし、帝|金陵《きんりょう》の諸臣|惨死《さんし》の事を聞きたまい、※[#「さんずい+玄」、第3水準
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