んちく》長官|司羅永菴《しらえいあん》の壁《へき》に題したまえる七律二章の如き、皆|誦《しょう》す可し。其二に曰く、
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楞厳《りょうごん》を閲《けみ》し罷《や》んで 磬《けい》も敲《たた》くに懶《ものう》し。
笑って看《み》る 黄屋《こうおく》 団瓢《だんぴょう》を寄す。
南来 瘴嶺《しょうれい》 千層|※[#「二点しんにょう+向」、第3水準1−92−55]《はるか》に、
北望 天門 万里|遙《はるか》なり。
款段《かんだん》 久しく 忘る 飛鳳《ひほう》の輦《れん》、
袈裟《けさ》 新《あらた》に換《かわ》る ※[#「亠/兌」、第3水準1−14−50]龍《こんりゅう》の袍《ほう》。
百官 此《この》日《ひ》 知る何《いず》れの処《ところ》ぞ、
唯《ただ》有り 羣烏《ぐんう》の 早晩に朝する。
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建文帝|是《かく》の如くにして山青く雲白き処《ところ》に無事の余生を送り、僊人《せんにん》隠士《いんし》の踪跡《そうせき》沓渺《ようびょう》として知る可からざるが如くに身を終る可く見えしが、天意不測にして、魚は深淵《しんえん》に潜《ひそ》めども案に上るの日あり、禽《とり》は高空に翔《か》くれども天に宿《しゅく》するに由《よし》無し。忽然《こつぜん》として復《また》宮《きゅう》に入るに及びたもう。其《その》事《こと》まことに意表に出《い》づ。帝の同寓《どうぐう》するところの僧、帝の詩を見て、遂《つい》に建文帝なることを猜知《すいち》し、其《その》詩を窃《ぬす》み、思恩《しおん》の知州《ちしゅう》岑瑛《しんえい》のところに至り、吾《われ》は建文皇帝なりという。意《こころ》蓋《けだ》し今の朝廷また建文を窘《くるし》めずして厚く之《これ》を奉ず可きをおもえるなり。瑛《えい》はこれを聞きて大《おおい》に驚き、尽《ことごと》く同寓《どうぐう》の僧を得て之を京師《けいし》に送り、飛章《ひしょう》して以聞《いぶん》す。帝及び程済《ていせい》も京《けい》に至るの数《すう》に在り。御史《ぎょし》僧を糾《ただ》すに及びて、僧曰く、年九十余、今たゞ祖父の陵《りょう》の旁《かたわら》に葬られんことを思うのみと。御史、建文帝は洪武《こうぶ》十年に生れたまいて、正統《せいとう》五年を距《へだた》る六十四歳なるを以て、何ぞ九十歳なるを得んとて之を疑い、ようやく詰問して遂に其《その》偽《ぎ》なるを断ず。僧|実《じつ》は鈞州《きんしゅう》白沙里《はくさり》の人、楊応祥《ようおうしょう》というものなり。よって奏して僧を死に処し、従者十二人を配流して辺を戍《まも》らしめんとす。帝|其《その》中《うち》に在《あ》り。是《ここ》に於《おい》て已《や》むを得ずして其《その》実を告げたもう。御史また今更に大《おおい》に驚きて、此《この》事を密奏す。正統帝《せいとうてい》の御父《おんちち》宣宗《せんそう》皇帝は漢王|高煦《こうこう》の反に会いたまいて、幸《さいわい》に之を降したまいたれども、叔父《しゅくふ》の為《ため》に兵を動《うごか》すに至りたるの境遇は、まことに建文帝に異なること無し。其《そ》の宣宗《せんそう》に紹《つ》ぎたまいたる天子の、建文帝に対して如何《いかん》の感をや為《な》したまえる。御史の密奏を聞召《きこしめ》して、即《すなわ》ち宦官《かんがん》の建文帝に親しく事《つか》えたる者を召して実否を探らしめたもう。呉亮《ごりょう》というものあり、建文帝に事《つか》えたり。乃《すなわ》ち亮をして応文の果して帝なるや否《あらぬ》やを探らしめたもう。亮の応文《おうぶん》を見るや、応文たゞちに、汝《なんじ》は呉亮にあらずや、と云いたもう。亮|猶《なお》然《しか》らざるを申せば、帝|旧《ふる》き事を語りたまいて、爾《なんじ》亮に非《あら》ずというや、と仰《おお》す。亮胸|塞《ふさ》がりて答うる能《あた》わず、哭《こく》して地に伏す。建文帝の左の御趾《おんあし》には黒子《ほくろ》ありたまいしことを思ひ出《い》でゝ、亮近づきて、御趾《おんあし》を摩《ま》し視《み》るに、正《まさ》しく其のしるし御座《おわ》したりければ、懐旧の涙|遏《とど》めあえず、復《また》仰ぎ視《み》ること能《あた》わず、退いて其《その》由《よし》を申し、さて後自経して死にけり。こゝに事実明らかになりしかば、建文帝を迎えて西内《せいだい》に入れたてまつる。程済《ていせい》この事を聞きて、今日《こんにち》臣が事終りぬとて、雲南に帰りて庵《あん》を焚《や》き、同志の徒を散じぬ。帝は宮中に在り、老仏《ろうぶつ》を以て呼ばれたまい、寿《じゅ》をもて終りたまいぬという。
女仙外史《じょせんがいし》に、忠臣等名山幽谷に帝を索《もと》むるを記《き》する、有るが如《ごと》く無き
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