糾々《きゅうきゅう》、昂々《こうこう》として、屈す可《べ》からず、撓《たわ》む可からず、消《しょう》す可からず、抑《おさ》う可からざる者、燕王に遇《あ》うに当って、※[#「(ぼう+彡)/石」、第4水準2−82−32]然《かくぜん》として破裂し、爆然として迸発《へいはつ》せるものというべき耶《か》、非《ひ》耶《か》。予|其《そ》の逃虚子集《とうきょししゅう》を読むに、道衍が英雄豪傑の蹟《あと》に感慨するもの多くして、仏灯《ぶっとう》梵鐘《ぼんしょう》の間に幽潜するの情の少《すくな》きを思わずんばあらざるなり。
 道衍の人となりの古怪なる、実に一|沙門《しゃもん》を以て目す可からずと雖も、而《しか》も文を好み道の為にするの情も、亦《また》偽《ぎ》なりとなす可からず。此《この》故《ゆえ》に太祖《たいそ》[#「太祖」は底本では「大祖」]実録《じつろく》を重修《ちょうしゅう》するや、衍《えん》実に其《その》監修を為《な》し、又|支那《しな》ありてより以来の大編纂《だいへんさん》たる永楽大典《えいらくだいてん》の成れるも、衍実に解縉《かいしん》等《ら》と与《とも》に之《これ》を為《な》せるにて、是《こ》れ皆文を好むの余《よ》に出で、道余録《どうよろく》を著し、浄土簡要録《じょうどかんようろく》を著し、諸上善人詠《しょじょうぜんじんえい》を著せるは、是れ皆道の為にせるに出《い》づ。史に記す。道衍|晩《ばん》に道余録を著し、頗《すこぶ》る先儒を毀《そし》る、識者これを鄙《いや》しむ。其《そ》の故郷の長州《ちょうしゅう》に至るや、同産の姉を候《こう》す、姉|納《い》れず。其《その》友|王賓《おうひん》を訪《と》う、賓も亦《また》見《まみ》えず、但《ただ》遙《はるか》に語って曰く、和尚《おしょう》誤れり、和尚誤れりと。復《また》往《ゆ》いて姉を見る、姉これを詈《ののし》る。道衍|惘然《ぼうぜん》たりと。道衍の姉、儒を奉じ仏《ぶつ》を斥《しりぞ》くるか、何ぞ婦女の見識に似ざるや。王賓は史に伝《でん》無しと雖も、おもうに道衍が詩を寄せしところの王達善《おうたつぜん》ならんか。声を揚げて遙語《ようご》す、鄙《いや》しむも亦|甚《はなはだ》し。今道余録を読むに、姉と友との道衍を薄んじて之《これ》を悪《にく》むも、亦《また》過ぎたりというべし。道余録自序に曰く、余|曩《さき》に僧たりし時、元季《げんき》の兵乱に値《あ》う。年三十に近くして、愚庵《ぐあん》の及《きゅう》和尚に径山《けいざん》に従って禅学を習う。暇《いとま》あれば内外の典籍を披閲《ひえつ》して以《もっ》て才識に資す。因って河南《かなん》の二程先生《にていせんせい》の遺書と新安《しんあん》の晦庵朱先生《かいあんしゅせんせい》の語録を観《み》る。(中略)三先生既に斯文《しぶん》の宗主《そうしゅ》、後学の師範たり、仏老《ぶつろう》を※[#「てへん+(嚢−口二つ)」、361−8]斥《じょうせき》すというと雖も、必ず当《まさ》に理に拠《よ》って至公無私なるべし、即《すなわ》ち人心服せん。三先生多く仏書を探《さぐ》らざるに因って仏《ぶつ》の底蘊《ていおん》を知らず。一に私意を以て邪※[#「言+皮」、UCS−8A56、361−10]《じゃひ》の辞《ことば》を出して、枉抑《おうよく》太《はなは》だ過ぎたり、世の人も心|亦《また》多く平らかならず、況《いわ》んや其《その》学を宗《そう》する者をやと。(下略)道余録は乃《すなわ》ち程氏《ていし》遺書《いしょ》の中の仏道を論ずるもの二十八条、朱子語録の中の同二十一条を目《もく》して、極めて謬誕《びょうたん》なりと為《な》し、条を逐《お》い理に拠って一々|剖柝《ぼうせき》せるものなり。藁《こう》成って巾笥《きんし》に蔵すること年ありて後、永楽十年十一月、自序を附して公刊す。今これを読むに、大抵《たいてい》禅子の常談にして、別に他の奇無し。蓋《けだ》し明道《めいどう》、伊川《いせん》、晦庵《かいあん》の仏《ぶつ》を排する、皆雄論博議あるにあらず、卒然の言、偶発の語多し、而して広く仏典を読まざるも、亦其の免れざるところなり。故に仏を奉ずる者の、三先生に応酬するが如《ごと》き、本《もと》是《これ》弁じ易《やす》きの事たり。膽《たん》を張り目を怒らし、手を戟《ほこ》にし気を壮《さかん》にするを要せず。道衍の峻機《しゅんき》険鋒《けんぼう》を以て、徐《しずか》に幾百年前の故紙《こし》に対す、縦説横説、甚《はなは》だ是《こ》れ容易なり。是れ其の観《み》る可き無き所以《ゆえん》なり。而して道衍の筆舌の鋭利なる、明道《めいどう》の言を罵《ののし》って、豈《あに》道学の君子の為《わざ》ならんやと云《い》い、明道の執見《しっけん》僻説《へきせつ》、委巷《いこう》の曲士の若《ごと》し、誠に
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