「咤−宀」、第3水準1−14−85]《りた》は托鉢《たくはつ》なして食《し》を得んと城中《まち》に入りしが、生憎《あやにく》布施するものもなかりければ空鉢《くうはつ》をもて還《かえ》らんとしけるが、途《みち》にて弟に行遇《ゆきあ》ひたり。弟は兄を剃髪染衣《ていはつぜんえ》の身ならむとは思ひもかけず、兄は弟を薪売り人《びと》になりをらむとは思ひもかけず、かつ諸共《もろとも》に窶《やつ》れ齢《とし》老いたればそれとも心づかざれど、弟の阿利※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]は尊げなる僧の饑《う》ゑたる面色《おももち》して空鉢を捧《ささ》げ還る風情《ふぜい》を見るより、図らず惻隠《そくいん》の善心を起し、往時《むかし》兄をば情《つれ》なくせしことをも思ひ浮めて悔いつつ、薪に代《か》へて僅に得し稗《ひえ》の※[#「麥にょう+少」、第4水準2−94−55]《こ》あるを与へんと僧を呼び留め、尊者《そんじゃ》よ、道のためにせらるる尊き人よ、幸ひに我が奉つる麁食《そしい》を納め玉はむや、と問へば僧はふりかへりて、薪を売る人よ、世の慾を捨てし我らなればその芳志《こころざし》を受《うく》るのみ、美味と麁食とを撰《えら》ばず、纔《わずか》に身をば支ふれば足れりといふにぞ、便《すなわ》ち稗の※[#「麥にょう+少」、第4水準2−94−55]を布施しけるに、僧は稗の※[#「麥にょう+少」、第4水準2−94−55]を食し訖《おわ》りて去《さり》たりける。
 その後《のち》阿利※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]は薪を取らんと山に行きしが、道にて一匹の兎《うさぎ》を見ければ杖《つえ》ふり上げて丁《ちょう》と撩《う》ちしに、忽《たちま》ち兎は死人と変じて阿利※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]の項《うなじ》に搦《から》み着きたり。これはと大きに驚き呆《あき》れて、推《お》し剥《は》がさんと力を出《いだ》せど少しも離るることなければ、人を頼みて挽却《ひきさ》らしめしも一向さらにその甲斐《かい》なし。是非なく夜《よ》に紛れて我家《わがや》に帰れば、こはまた不思議や、死人の両手は自然に解けて体《たい》は地に堕《お》ち、見る見る灼々《しゃくしゃく》たる光輝を発して無垢《むく》の黄金像となりけり。阿利※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]は大きに驚きながらその像の頭《こうべ》を截《き》り
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