臣はまた父にききて、世間にはなほ端厳《うつくし》く妙《たえ》なるもののなきにあらず、道を守りて心を正し、父母に事《つか》へては孝に君に事へては忠に、他に対しては温和にして、心に大《おおい》なる慈悲を懐《いだ》くものあらばその端厳さ千万倍なり、今の汝をそれに比べば※[#「けものへん+彌」、第3水準1−87−82]猴《さる》の如くに劣りなんと答ふるに、天神はまた栴檀《せんだん》の木の頭尾《もとすえ》知れざるものを出《いだ》して、いづれの方《かた》が樹《き》の根のかたにていづれの方《かた》が樹梢《こずえ》の方ぞ、疾《と》く答へよ、と問ひ詰《なじ》りぬ。王らはまた答へ得ざりしが彼大臣はまた父に教へられて、木を水中に投げ入れつ、浮きたる方こそ樹末《こずえ》なれ、根の方は木理《きのめ》つみて自然《おのず》と重ければ下に沈むなりと答へけるに、天神はまた同じやうなる牝馬《めうま》二匹を指《ゆびさ》して、那箇《いずれ》が母か那箇が子か、と詰り問ひぬ。君臣共に例の通り答へ得ざれば、彼《かの》大臣はまたもや父より教へられて、草を一時に食はせんに母の馬はかならず先に子に食はせ、子の駒《こま》は母より後に食ふことなからむ、と道理を詰めて答へけるを、天神大きに賞讃なし、幾番の我が難問を一々申し開き得たれば、国王ならびに群臣とも心易かれ、今より後は我この国を護《まも》りやりて外敵侵害し能《あた》はざらしめん、といひ置きて天に上《のぼ》りける。
 国王大きに悦びて、これも皆|彼者《かのもの》の智慧《ちえ》ありし故《ゆえ》なればと、彼大臣を呼び出《いだ》して恩賞の沙汰《さた》ありけるに、この御恩賞としては願はくは臣が罪を免《ゆる》したまへ、実は臣国法を破りて老いたる父を棄てざりしが、その父に尋ね問ひて一々答を得しなり、といひければ王は大きに感歎なし、その老父を召出《めしいだ》して師となし、大臣を厚く賞し、なほ国中に令を下して老いたるものを棄つるをば厳しく禁じ、四民に孝行を篤《あつ》く勧められけるとぞ。老いたるものとて侮るべからず、無用に似たる人をも物をも浪《みだり》に棄てずば、また益をなすことあるべし。



底本:「日本児童文学名作集(上)」岩波文庫、岩波書店
   1994(平成6)年2月16日第1刷
底本の親本:「露伴全集10」岩波書店
   1953(昭和28)年7月
初出:「小国民」学齢館
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