まり第一の奴をまげたのと同じことサ、第三は級数的螺線サ、これは螺線のマワリが段々と大きくなる奴サ、第四は不規則螺線サ、此奴が実にむずかしいのだ、メチャメチャに蚯蚓《みみず》の搦み合たようの奴だ、まだこの外に大変に螺線の類があるのサ、詳くいえば二十八通りの螺線があるよ、尚詳しくいえば四万八千ぐらいあるのだがネ、君が幾何学的思想に富んでいれば直《じき》に分るのサ。どうもマセマチカルの考えの薄い人は中々奥妙の理を急に会得する事が難《かた》いよ。ダカラ希臘《ギリシャ》の哲学者はまず哲学を学ぶ前に数学をやれと弟子達に教たのだよ。この頃世間に哲学臭い事をいう奴が多いが、叩いて見ると皆数学思想が薄弱だから困るよ。これは日本支那の通弊サ、数学的観念が発達しない人間は馬鹿馬鹿しい事を考えるものだよ。論理学なんぞは学ぶに足らないのサ、数学で沢山サ。イイカネ、「物は或勢力より追やらるる時は螺線的にすすむ」というのが真理だよ、この真理を君に実例で示そうか。吹矢の筒に紙の小さい片《きれ》を入れて吹いて見玉え、その紙は必らずぐるぐる回りながら飛出すよ。水の中に石を落して見玉え、これもぐるぐるまわりながら沈むよ。穴から水を出して見玉え、その水はきっとねじれて出るよ。これも螺線サ。矢は螺線になッて飛ぶから真直に行くのだよ。鉄砲の玉も螺旋《らせん》して飛ぶのサ。筒の中に螺線条をこの頃施こすのもこの規則に従うのサ。鳶《とび》の尾は螺線を空中に描いて飛ぶのサ。魚の尾も螺線をなすのサ。鶴が高く登るのにも空中を輪になッてぐるぐると翔《かけ》りながら飛ぶのサ。是非ねじれて進むのサ、真直に進むものはないよ。地球も自転しながら進むのだからつまり空間に螺旋しているのだよ。太陽も自転している以上はたしかに螺旋して進んでいるのだよ。月も螺転《らてん》しているのサ。星もその通りサ。螺旋螺転なんというのは好い新熟字だろう。人間のつむじを見ればこれも螺旋法で毛が出るのサ。血は血管の中で螺旋して流れているのだよ。酒樽の口から酒は螺旋して出るよ。腸《はらわた》は即ち螺線をなしてるのサ。川はやや平面的に螺線をなして流れる。山脈は螺線さ。木の枝は一つが東に向ッて生える、その上の枝は南それから西北という工合に螺旋している。花を能く見玉え、必らず螺形に花びらが出ている。朝顔の花の咲かない間は即ち渦をなしている。釘も螺状《らじょう》の釘が良いのサ。コロック抜きも螺状をなしているから能く突込めるのだよ。道路は即ち螺状を平面にしたようについているものだよ。事々物々皆螺旋サ。波線で世界を解釈しても解釈が出来るよ、螺線を見つぶしにすれば即ち波線だよ、波線螺線渦線皆曲線より成るものサ、その曲線だらけで出来ているものが良いのサ、強いのサ。尚不思議奇々妙々なのは、植物の芋の蔓《つる》でもムカゴの蔓でも皆螺旋すると同じく、礦《こう》物の蔓もその実は螺旋的になッてるのだが、但し噴火山作用でメチャメチャになッて分らないのサ。火※[#「諂のつくり+炎」、第3水準1−87−64]《かえん》も螺線になッて燃えるのだが凡眼では見えないのサ。風は年中螺旋に吹てるのサ。小サイ奴が颶風《つむじ》だよ。だから颶風なぞは恐ろしいものではない。推算が上手になれば人間にもっとも幸福を与うるものは颶風だよ。颶風なぞを恐れる世界だから悲しいよ。それで物理学者でござるというのが有る世間だからネ。浪は螺状をなして巻き巻き進むのだよ。まだ沢山例はある、さてこれからがいよいよ奇だよ。

物は或勢力に逐《お》いやらるる時は螺線的運動をするという真理は、すでに充分に分ッたろう。これは中々争うことの出来ない真理さ。しかも物理学上の明晰なる理だよ。イイカネ、例に挙げたものを能く能く考えて貰いたいのサ。ひとつもこの原則に撞着矛盾するものはない。ソコデ何故に物はかく螺線的運動をするのだというのが是非起る大疑問サ。僕がこの疑問に向ッて与うる説明は易々たるものだよ。曰《いわ》くサ、「最も障碍《しょうげ》の少き運動の道は必らず螺旋的なり」というので沢山サ。一体運動の法則を論じて見れば一点より他点までに移る最近径は前にもいッた通り直線に極《きま》ッてるのサ。ダガ物は直線に進まないよ。直線に進まないのではないが、螺旋をして行く場合には直線にも進むが即ち前にもいッた所の直線的有則螺旋サ。分ッたかネ。たとえば矢が弦を離れてからぐるぐると風を切てまわりながら直線に進む所が近い例サ。あれは即ち直線的に螺旋線を空中に描いてるのだよ。あの矢の鏃《ね》をいろいろに工夫するのだがネ、どうしても雁股《かりまた》はよくいかない。何故というのに雁股は僕の所謂《いわゆる》最も障碍の少きは螺旋的運動なりという原則に反対しているからだ。矢が能く飛ぶには色々の原因もあるがまず第一に螺旋規則に従うからだよ
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