おのず》から沁徹《しみとお》る。……
いま偶《ふ》と寝覚の枕を上げると、電燈は薄暗し、硝子戸を貫いて、障子にその水の影さえ映るばかりに見えたので、
「おお、寒い。」
頸《えり》から寒くなって起きて出た。が、寝ぬくもりの冷めないうち、早く厠《かわや》へと思う急心《せきごころ》に、向う見ずに扉《ドア》を押した。
押して出ると、不意に凄《すご》い音で刎返《はねかえ》した。ドーンと扉の閉るのが、広い旅館のがらんとした大天井から地の底まで、もっての外に響いたのである。
一つ、大きなもの音のしたあとは、目の前の階子段も深い穴のように見えて、白い灯も霜を敷いた状《さま》に床に寂しい。木目の節の、点々《ぼつぼつ》黒いのも鼠の足跡かと思われる。
まことに、この大旅館はがらんとしていた。――宵に受持の女中に聞くと、ひきつづき二十日《はつか》余りの間団体観光の客が立てつけて毎日百人近く込合ったそうである。そこへ女中がやっと四人ぐらいだから、もし昨日《きのう》にもおいでだと、どんなにお気の毒であったか知れない。すっかり潮のように引いたあとで、今日はまた不思議にお客が少く、此室《ここ》に貴方《あなた》
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