て、袂《たもと》の尖《さき》でやっと繋《つな》がる、ぐたりと下へ襲《かさ》ねた、どくどく重そうな白絣《しろがすり》の浴衣の溢出《はみだ》す、汚れて萎《な》えた綿入のだらけた袖口へ、右の手を、手首を曲げて、肩を落して突込《つっこ》んだのは、賽銭《さいせん》を探ったらしい。
が、チヤリリともせぬ。
時に、本堂へむくりと立った、大きな頭の真黒《まっくろ》なのが、海坊主のように映って、上から三宝へ伸懸《のしかか》ると、手が燈明《とうみょう》に映って、新しい蝋燭を取ろうとする。
一ツ狭い間を措《お》いた、障子の裡《うち》には、燈《ひ》があかあかとして、二三人居残った講中らしい影が映《さ》したが、御本尊の前にはこの雇和尚《やといおしょう》ただ一人。もう腰衣《こしごろも》ばかり袈裟《けさ》もはずして、早やお扉を閉める処。この、しょびたれた参詣人が、びしょびしょと賽銭箱の前へ立った時は、ばたり、ばたりと、団扇《うちわ》にしては物寂しい、大《おおき》な蛾《ひとりむし》の音を立てて、沖の暗夜《やみ》の不知火《しらぬい》が、ひらひらと縦に燃える残んの灯を、広い掌《てのひら》で煽《あお》ぎ煽《あお》ぎ、
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