打《のたう》つようだ。
 私《わっし》あ夢中で逃出した。――突然《いきなり》見附へ駈着《かけつ》けて、火の見へ駈上《かけあが》ろうと思ったがね、まだ田町から火事も出ずさ。
 何しろ馬鹿だね、馬鹿も通越しているんだね。」
 お不動様の御堂《みどう》を敲《たた》いて、夜中にこの話をした、下塗《したぬり》の欣八が、
「だが、いい女らしいね。」
 と、後へ附加えた了簡《りょうけん》が悪かった。
「欣八、気を附けねえ。」
「顔色が変だぜ。」
 友達が注意するのを、アハハと笑消して、
「女《あま》がボーッと来た、下町ア火事だい。」と威勢よく云っていた。が、ものの三月と経《た》たぬ中《うち》にこのべらぼう、たった一人の女房の、寝顔の白い、緋手絡《ひてがら》の円髷《まるまげ》に、蝋燭を突刺《つッさ》して、じりじりと燃して火傷《やけど》をさした、それから発狂した。
 但し進藤とは違う。陰気でない。縁日とさえあればどこへでも押掛けて、鏝塗《こてぬり》の変な手つきで、来た来たと踊りながら、
「蝋燭をくんねえか。」
 怪《あやし》むべし、その友達が、続いて――また一人。…………
[#地から1字上げ]大正二(一九一三)年六月



底本:「泉鏡花集成6」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年3月21日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第十五卷」岩波書店
   1940(昭和15)年9月20日発行
入力:門田裕志
校正:高柳典子
2007年2月11日作成
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