だ蝋燭の事ばかり。でございますから、圧附《おしつ》けに、勝手な婦《おんな》を取持たれました時は、馬鹿々々しいと思いましたが、因果とその婦《おんな》の美しさ。
 成程、桔梗屋の白露か、玉の露でも可い位。
 けれども、楼《うち》なり、場所柄なり、……余り綺麗なので、初手は物凄《ものすご》かったのでございます。がいかにも、その病気があるために、――この容色《きりょう》、三絃《いと》もちょっと響く腕で――蹴《け》ころ同然な掃溜《はきだめ》へ落ちていると分りますと、一夜妻のこの美しいのが……と思う嬉しさに、……今の身で、恥も外聞もございません。筋も骨もとろとろと蕩《とろ》けそうになりました。……
 枕頭《まくらもと》の行燈《あんどん》の影で、ええ、その婦《おんな》が、二階廻しの手にも投遣《なげや》らないで、寝巻に着換えました私《てまえ》の結城木綿《ゆうきもめん》か何か、ごつごつしたのを、絹物《やわらかもの》のように優しく扱って、袖畳《そでだたみ》にしていたのでございます。
 部屋着の腰の巻帯には、破れた行燈の穴の影も、蝶々のように見えて、ぞくりとする肩を小夜具で包んで、恍惚《うっとり》と視《なが》めていますと、畳んだ袖を、一つ、スーと扱《しご》いた時、袂《たもと》の端で、指尖《ゆびさき》を留めましたがな。
 横顔がほんのりと、濡れたような目に、柔かな眉《まみえ》が見えて、
 貴方《あなた》は御存じね――」
 延一は続けさまに三つばかり、しゃがれた咳《せき》して、
「私《てまえ》に、残らず自分の事を知っていて来たのだろうと申しまして、――頂かして下さいましな、手を入れますよ、大事ござんせんか――
 と念を押して、その袂から、抜いて取ったのが、右の蝋燭でございます。」
「へい、」と欣八は這身《はいみ》に乗出す。
「が、その美人。で、玉で刻んだ独鈷《とっこ》か何ぞ、尊いものを持ったように見えました。
 遣手も心得た、成りたけは隠す事、それと言わずに逢わせた、とこう私《てまえ》は思う。……
 ――どちらの御蝋でござんすの――
 また、そう訊くのがお極《きま》りだと申します。……三度のもの、湯水より、蝋燭でさえあれば、と云う中《うち》にも、その婦《おんな》は、新《あら》のより、燃えさしの、その燃えさしの香《におい》が、何とも言えず快い。
 その燃えさしもございます。
 一度、神仏の前に
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