すから、冷かしはしませんから、よく、お拝みなさいましよね。
 ――(糸塚)さん。」
「糸塚……初路さんか。糸塚は姓なのかね。」
「いいえ、あら、そう……おじさんは、ご存じないわね。
 ――糸塚さん、糸巻塚ともいうんですって。
 この谷を一つ隔てた、向うの山の中途に、鬼子母神《きしもじん》様のお寺がありましょう。」
「ああ、柘榴寺《ざくろでら》――真成寺《しんじょうじ》。」
「ちょっとごめんなさい。私も端の方へ、少し休んで。……いいえ、構うもんですか。落葉といっても錦《にしき》のようで、勿体ないほどですわ。あの柘榴の花の散った中へ、鬼子母神様の雲だといって、草履を脱いで坐ったのも、つい近頃のようですもの。お母さんにつれられて。白い雲、青い雲、紫の雲は何様でしょう。鬼子母神様は紅《あか》い雲のように思われますね。」
 墓所は直《じき》近いのに、面影を遥《はる》かに偲《しの》んで、母親を想うか、お米は恍惚《うっとり》して云った。
 ――聞くとともに、辻町は、その壮年を三四年、相州|逗子《ずし》に過ごした時、新婚の渠《かれ》の妻女の、病厄のためにまさに絶えなんとした生命を、医療もそれよ。まさし
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