痕《あと》に似て、草土手の小高い処で、※[#「壘」の「土」に代えて「糸」、第3水準1−90−24]々《るいるい》と墓が並び、傾き、また倒れたのがある。
 上り切った卵塔の一劃、高い処に、裏山の峯を抽《ぬ》いて繁ったのが、例の高燈籠の大榎で、巌を縫って蟠《わだかま》った根に寄って、先祖代々とともに、お米のお母《っか》さんが、ぱっと目を開きそうに眠っている。そこも蔭で、薄暗い。
 それ、持参の昼提灯、土の下からさぞ、半間だと罵倒《ばとう》しようが、白く据《すわ》って、ぼっと包んだ線香の煙が靡《なび》いて、裸|蝋燭《ろうそく》の灯が、静寂な風に、ちらちらする。
 榎を潜《くぐ》った彼方《かなた》の崖は、すぐに、大傾斜の窪地になって、山の裙《すそ》まで、寺の裏庭を取りまわして一谷《ひとたに》一面の卵塔である。
 初路の墓は、お京のと相向って、やや斜下、左の草土手の処にあった。
 見たまえ――お米が外套《がいとう》を折畳みにして袖に取って、背後《うしろ》に立添った、前踞《まえこご》みに、辻町は手をその石碑にかけた羽織の、裏の媚《なまめ》かしい中へ、さし入れた。手首に冴えて淡藍《うすあい》が映える。片手には、頑丈な、錆《さび》の出た、木鋏《きばさみ》を構えている。
 この大剪刀《おおばさみ》が、もし空の樹の枝へでも引掛《ひっかか》っていたのだと、うっかり手にはしなかったろう。盂蘭盆の夜が更けて、燈籠が消えた時のように、羽織で包んだ初路の墓は、あわれにうつくしく、且つあたりを籠めて、陰々として、鬼気が籠《こも》るのであったから。
 鋏は落ちていた。これは、寺男の爺やまじりに、三人の日傭取《ひようとり》が、ものに驚き、泡を食って、遁出《にげだ》すのに、投出したものであった。
 その次第はこうである。
 はじめ二人は、磴《いしだん》から、山門を入ると、広い山内、鐘楼なし。松を控えた墓地の入口の、鎖《とざ》さない木戸に近く、八分出来という石の塚を視《み》た。台石に特に意匠はない、つい通りの巌組一丈余りの上に、誂《あつら》えの枠を置いた。が、あの、くるくると糸を廻す棒は見えぬ。くり抜いた跡はあるから、これには何か考案があるらしい。お米もそれはまだ知らなかった。枠の四つの柄《え》は、その半面に対しても幸《さいわい》に鼎《かなえ》に似ない。鼎に似ると、烹《に》るも烙《や》くも、いずれ繊楚《か
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