った方がこの大城下によく通る。
去《さん》ぬる……いやいや、いつの年も、盂蘭盆《うらぼん》に墓地へ燈籠を供えて、心ばかり小さな燈《あかり》を灯《とも》すのは、このあたりすべてかわりなく、親類一門、それぞれ知己《ちかづき》の新仏へ志のやりとりをするから、十三日、迎火を焚《た》く夜《よ》からは、寺々の卵塔は申すまでもない、野に山に、標石《しめいし》、奥津城《おくつき》のある処、昔を今に思い出したような無縁墓、古塚までも、かすかなしめっぽい苔《こけ》の花が、ちらちらと切燈籠《きりこ》に咲いて、地《つち》の下の、仄白《ほのじろ》い寂しい亡霊《もうれい》の道が、草がくれ木《こ》の葉がくれに、暗夜《やみ》には著《しる》く、月には幽《かす》けく、冥々《めいめい》として顕《あら》われる。中でも裏山の峰に近い、この寺の墓場の丘の頂に、一樹、榎《えのき》の大木が聳《そび》えて、その梢《こずえ》に掛ける高燈籠が、市街の広場、辻、小路。池、沼のほとり、大川|縁《べり》。一里西に遠い荒海の上からも、望めば、仰げば、佇《たたず》めば、みな空に、面影に立って見えるので、名に呼んで知られている。
この燈籠寺に対して、辻町糸七の外套《がいとう》の袖から半間《はんま》な面《つら》を出した昼間の提灯は、松風に颯《さっ》と誘われて、いま二葉三葉散りかかる、折からの緋葉《もみじ》も灯《とも》れず、ぽかぽかと暖い磴の小草《こぐさ》の日だまりに、あだ白けて、のびれば欠伸《あくび》、縮むと、嚔《くしゃみ》をしそうで可笑《おか》しい。
辻町は、欠伸と嚔を綯《な》えたような掛声で、
「ああ、提灯。いや、どっこい。」
と一段踏む。
「いや、どっこい。」
お米が莞爾《にっこり》、
「ほほほ、そんな掛声が出るようでは、おじさん。」
「何、くたびれやしない。くたびれたといったって、こんな、提灯の一つぐらい。……もっとも持重りがしたり、邪魔になるようなら、ちょっと、ここいらの薄《すすき》の穂へ引掛《ひっか》けて置いても差支えはないんだがね。」
「それはね、誰も居ない、人通りの少い処だし、お寺ですもの。そこに置いといたって、人がどうもしはしませんけれど。……持ちましょうというのに持たさないで、おじさん、自分の手で…」
「自分の手で。」
「あんな、知らない顔をして、自分の手からお手向けなさりたいのでしょう。ここへ置いて行
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