織を、なよなよとある肩に細く着て、同じ縞物の膝を薄く、無地ほどに細い縞の、これだけはお召らしいが、透切《すきぎ》れのした前垂《まえだれ》を〆《し》めて、昼夜帯の胸ばかり、浅葱《あさぎ》の鹿子《かのこ》の下〆《したじめ》なりに、乳の下あたり膨《ふっく》りとしたのは、鼻紙も財布も一所に突込《つっこ》んだものらしい。
 ざっと一昔は風情だった、肩掛というのを四つばかりに畳んで敷いた。それを、褄《つま》は深いほど玉は冷たそうな、膝の上へ掛けたら、と思うが、察するに上へは出せぬ寸断《ずたずた》の継填《つぎはぎ》らしい。火鉢も無ければ、行火《あんか》もなしに、霜の素膚《すはだ》は堪えられまい。
 黒繻子《くろじゅす》の襟も白く透く。
 油気《あぶらけ》も無く擦切るばかりの夜嵐にばさついたが、艶《つや》のある薄手な丸髷《まるまげ》がッくりと、焦茶色の絹のふらしてんの襟巻。房の切れた、男物らしいのを細く巻いたが、左の袖口を、ト乳の上へしょんぼりと捲《ま》き込んだ袂《たもと》の下に、利休形《りきゅうがた》の煙草入《たばこいれ》の、裏の緋塩瀬《ひしおぜ》ばかりが色めく、がそれも褪《あ》せた。
 生際《はえぎわ》の曇った影が、瞼《まぶた》へ映《さ》して、面長《おもなが》なが、さして瘠《や》せても見えぬ。鼻筋のすっと通ったを、横に掠《かす》めて後毛《おくれげ》をさらりと掛けつつ、ものうげに払いもせず……切《きれ》の長い、睫《まつげ》の濃いのを伏目《ふしめ》になって、上気して乾くらしい唇に、吹矢の筒を、ちょいと含んで、片手で持添えた雪のような肱《ひじ》を搦《から》む、唐縮緬《とうちりめん》の筒袖のへりを取った、継合わせもののその、緋鹿子《ひがのこ》の媚《なまめ》かしさ。

       七

 三枚ばかり附木《つけぎ》の表へ、(一《ひと》くみ)も仮名で書き、(二せん)も仮名で記して、前に並べて、きざ柿の熟したのが、こつこつと揃ったような、昔は螺《たにし》が尼になる、これは紅茸《べにたけ》の悟《さとり》を開いて、ころりと参った張子《はりこ》の達磨《だるま》。
 目ばかり黒い、けばけばしく真赤《まっか》な禅入《ぜんにゅう》を、木兎引《ずくひき》の木兎、で三寸ばかりの天目台《てんもくだい》、すくすくとある上へ、大は小児《こども》の握拳《にぎりこぶし》、小さいのは団栗《どんぐり》ぐらいな処まで、ずらりと乗せたのを、その俯目《ふしめ》に、ト狙《ねら》いながら、件《くだん》の吹矢筒で、フッ。
 カタリといって、発奮《はずみ》もなく引《ひっ》くりかえって、軽く転がる。その次のをフッ、カタリと飜《かえ》る。続いてフッ、カタリと下へ。フッフッ、カタカタカタと毛を吹くばかりの呼吸《いき》づかいに連れて、五つ七つたちどころに、パッパッと石鹸玉《シャボンだま》が消えるように、上手にでんぐり、くるりと落ちる。
 落ちると、片端から一ツ一ツ、順々にまた並べて、初手《しょて》からフッと吹いて、カタリといわせる。……同じ事を、絶えず休まずに繰返して、この玩弄物《おもちゃ》を売るのであるが、玉章《ふみ》もなし口上もなしで、ツンとしたように黙っているので。
 霧の中に笑《わらい》の虹《にじ》が、溌《ぱっ》と渡った時も、独り莞爾《にっこり》ともせず、傍目《わきめ》も触《ふ》らず、同じようにフッと吹く。
 カタリと転がる。
「大福、大福、大福かい。」
 とちと粘って訛《なまり》のある、ギリギリと勘走った高い声で、亀裂《ひび》を入《い》らせるように霧の中をちょこちょこ走りで、玩弄物屋の婦《おんな》の背後《うしろ》へ、ぬっと、鼠の中折《なかおれ》を目深《まぶか》に、領首《えりくび》を覗《のぞ》いて、橙色《だいだいいろ》の背広を着、小造りなのが立ったと思うと、
「大福餅、暖《あったか》い!」
 また疳走《かんばし》った声の下、ちょいと蹲《しゃが》む、と疾《はや》い事、筒服《ずぼん》の膝をとんと揃えて、横から当って、婦《おんな》の前垂《まえだれ》に附着《くッつ》くや否や、両方の衣兜《かくし》へ両手を突込《つっこ》んで、四角い肩して、一ふり、ぐいと首を振ると、ぴんと反らした鼻の下の髯《ひげ》とともに、砂除《すなよ》けの素通し、ちょんぼりした可愛い目をくるりと遣《や》ったが、ひょんな顔。
 ……というものは、その、
「……暖《あったか》い!……」を機会《きっかけ》に、行火《あんか》の箱火鉢の蒲団《ふとん》の下へ、潜込《もぐりこ》ましたと早合点《はやがってん》の膝小僧が、すぽりと気が抜けて、二ツ、ちょこなんと揃って、灯《ともしび》に照れたからである。
 橙背広のこの紳士は、通り掛《がか》りの一杯機嫌の素見客《ぞめき》でも何でもない。冷かし数の子の数には漏れず、格子から降るという長い煙草《きせる》に縁のある
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