言った差配《おおや》の言葉は、怪しいまで陰に響いて、幕の膨らんだにつけても、誰か、大人が居て、蔭で声を助《す》けたらしく聞えたのであった。
見物の児等は、神妙に黙って控えた。
頬被《ほおかぶり》のずんぐり者は、腕を組んで立ったなり、こくりこくりと居眠る……
饂飩屋が、ぼやんとした顔を上げた。さては、差置いた荷のかわりの行燈《あんどん》も、草紙の絵ではない。
蟻は隠れたのである。
九
「狐か、狸か、今のは何じゃい、どえらい目に逢わせくさった。」
と饂飩屋は坂塀はずれに、空屋の大屋根から空を仰いで、茫然《ぼんやり》する。
美しい女《ひと》と若い紳士の、並んで立った姿が動いて、両方|木賃宿《きちんやど》の羽目板の方を見向いたのを、――無台が寂しくなったため、もう帰るのであろうと見れば、さにあらず。
そこへ小さな縁台を据えて、二人の中に、ちょんぼりとした円髷《まるまげ》を俯向《うつむ》けに、揉手《もみて》でお叩頭《じぎ》をする古女房が一人居た。
「さあ、どうぞ、旦那様、奥様、これへお掛け遊ばして、いえ、もう汚いのでございますが、お立ちなすっていらっしゃいますより、ちっとは増《まし》でございます。」
と手拭《てぬぐい》で、ごしごし拭いを掛けつつ云う。その手で――一所に持って出たらしい、踏台が一つに乗せてあるのを下へおろした。
「いや、俺《おれ》たちは、」
若い紳士は、手首白いのを挙げて、払い退《の》けそうにした。が、美しい女《ひと》が、意を得たという晴やかな顔して、黙ってそのまま腰を掛けたので。
「難有《ありがと》う。」
渠《かれ》も斉《ひと》しく並んだのである。
「はい、失礼を。はいはい、はい、どうも。」と古女房は、まくし掛けて、早口に饒舌《しゃべ》りながら、踏台を提げて、小児《こども》たちの背後《うしろ》を、ちょこちょこ走り。で、松崎の背後《うしろ》へ廻る。
「貴方《あなた》様は、どうぞこれへ。はい、はい、はい。」
「恐縮ですな。」
かねて期《ご》したるもののごとく猶予《ため》らわず腰を落着けた、……松崎は、美しい女《ひと》とその連《つれ》とが、去る去らないにかかわらず、――舞台の三人が鉦《かね》をチャーンで、迷児の名を呼んだ時から、子供芝居は、とにかくこの一幕を見果てないうちは、足を返すまいと思っていた。
声々に、可哀《あわれ》
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