》つて、水の面《おも》を舞つて来るのを、小法師《こほうし》は指の先へ宙で受けた。つはぶきの葉を喇叭《らっぱ》に巻いたは、即《すなわ》ち煙管《きせる》で。蘆《あし》の穂といはず、草と言はず※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》り取つて、青磁色《せいじいろ》の長い爪に、火を翳《かざ》して、ぶく/\と吸《すい》つけた。火縄を取つて、うしろ状《ざま》の、肩越《かたごし》に、ポン、と投げると、杉の枝に挟まつて、ふつと消えたと思つたのが、めら/\と赤く燃上《もえあが》つた。ぱち/\と鳴ると、双子山颪《ふたごやまおろし》颯《さっ》として、松明《たいまつ》ばかりに燃えたのが、見る/\うちに、轟《ごう》と響いて、凡《およ》そ片輪車《かたわぐるま》の大きさに火の搦《から》んだのが、梢《こずえ》に掛《かか》つて、ぐる/\ぐる/\と廻る。
 此の火に照《てら》された、二個の魔神の状《さま》を見よ。けたゝましい人声《ひとごえ》幽《かすか》に、鉄砲を肩に、猟師が二人のめりつ、反《そ》りつ、尾花《おばな》の波に漂うて森の中を遁《に》げて行く。
 山兎《やまうさぎ》が二三|疋《びき》、あとを追ふやうに、躍《おど》つて駈《か》けた。
「小法師、あひかはらず悪戯《いたずら》ぢや。」
 と兜《かぶと》のやうな額皺《ひたいじわ》の下に、恐《おそろ》しい目を光らしながら、山伏《やまぶし》は赤い鼻をひこ/\と笑つたが、
「拙道《せつどう》、煙草《たばこ》は不調法《ぶちょうほう》ぢや。然《さ》らば相伴《しょうばん》に腰兵糧《こしびょうろう》は使はうよ。」
 と胡坐《あぐら》かいた片脛《かたずね》を、づかりと投出《なげだ》すと、両手で逆に取つて、上へ反《そら》せ、膝《ひざ》ぶしからボキリボキリ、ミシリとやる。
「うゝ、うゝ。」
「あつ。」
 と、武士《さむらい》と屑屋は、思はず声を立てたのである。
 見向きもしないで、山伏は挫折《へしお》つた其の己《おの》が片脛を鷲掴《わしづか》みに、片手で踵《きびす》が穿《は》いた板草鞋《いたわらじ》を※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》り棄《す》てると、横銜《よこぐわ》へに、ばり/\と齧《かじ》る……
 鮮血《なまち》の、唇を滴々《たらたら》と伝ふを視《み》て、武士《さむらい》と屑屋は一《ひと》のめりに突伏《つっぷ》した。
 不思議な事には、
前へ 次へ
全26ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング