はか》り難く因りて婆々《ばば》が思案には、(其方《そなた》の言分承知したれど、親の許《ゆるし》のなくてはならず、母上だに引承《ひきうけ》たまわば何時《なんどき》にても妻とならん、去ってまず母上に請来《こいきた》れ)と、かように貴娘《あなた》が仰せられし、と私《わたくし》より申さむか、何がさて母君は疾《とく》に世に亡き御方《おんかた》なれば、出来ぬ相談と申すもの、とても出来ない相談の出来よう筈《はず》のなきことゆえ、いかなる鼻もこれには弱りて、しまいに泣寝入となるは必定《ひつじょう》、ナニ御心配なされまするな、」と説く処の道理《もっとも》なるに、お通もうかと頷《うなず》きぬ。かくて老媼がこのよしを蝦蟇法師に伝えて後、鼻は黒壁に見えずなれり。
 さては旨《うま》いぞシテ操《や》ったり、とお通にはもとより納涼台《すずみだい》にも老媼は智慧を誇りけるが、奚《いずく》んぞ知らむ黒壁に消えし蝦蟇法師の、野田山の墓地に顕《あらわ》れて、お通が母の墳墓の前に結跏趺坐《けっかふざ》してあらむとは。
 その夕《ゆうべ》もまたそこに詣《もう》でし、お通は一目見て蒼《あお》くなりぬ。
[#地から1字上げ]明治三十五(一九〇二)年一月



底本:「泉鏡花集成4」ちくま文庫、筑摩書房
   1995(平成7)年10月24日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第七巻」岩波書店
   1942(昭和17)年7月22日第1刷発行
※疑問点の確認に当たっては、底本の親本を参照しました。
入力:門田裕志
校正:今井忠夫
2003年8月31日作成
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