の美人を捧げざれば、到底|好《よ》き事はあらざるべしと、恫※[#「りっしんべん+曷」、第4水準2−12−59]的《どうかつてき》に乞食僧より、最も渠《かれ》を信仰してその魔法使たるを疑わざる件《くだん》の老媼に媒妁《なかだち》すべく言込みしを、老媼もお通に言出しかねて一日《いちじつ》免《のが》れに猶予《ためらい》しが、厳しく乞食僧に催促されて、謂《い》わで果つべきことならねば、止むことを得で取次たるなり。しかるにお通は予《あらかじ》めその趣を心得たれば、老媼が推測りしほどには驚かざりき。
美人は冷然として老媼を諭しぬ、「母上の世に在《いま》さば何とこれを裁きたまわむ、まずそれを思い見よ、必ずかかる乞食の妻となれとはいいたまわじ。」と謂われて返さむ言《ことば》も無けれど、老媼は甚だしき迷信|者《じゃ》なれば乞食僧の恐喝《きょうかつ》を真《まこと》とするにぞ、生命《いのち》に関わる大事と思いて、「彼奴《かやつ》は神通広大《じんずうこうだい》なる魔法使にて候えば、何を仕出《しい》ださむも料《はか》り難《がた》し。さりとて鼻に従いたまえと私《わたくし》申上げはなさねども、よき御分別もおわさぬか。」と熱心に云えば冷《ひやや》かに、「いや、分別も何もなし、たといいかなることありとも、母上の御心《みこころ》に合わぬ事は誓ってせまじ。」
と手強き謝絶に取附く島なく、老媼は太《いた》く困《こう》じ果てしが、何思いけむ小膝《こひざ》を拍《う》ち、「すべて一心|固《かたま》りたるほど、強く恐しき者はなきが、鼻が難題を免れむには、こっちよりもそれ相当の難題を吹込みて、これだけのことをしさえすれば、それだけの望《のぞみ》に応ずべしとこういう風に談ずるが第一手段《いちのて》に候なり、昔語《むかしがたり》にさること侍《はべ》りき、ここに一条《ひとすじ》の蛇《くちなわ》ありて、とある武士《もののふ》の妻に懸想《けそう》なし、頑《かたくな》にしょうじ着きて離るべくもなかりしを、その夫|何某《なにがし》智慧《ちえ》ある人にて、欺きて蛇に約し、汝《なんじ》巨鷲《おおわし》の頭|三個《みつ》を得て、それを我に渡しなば、妻をやらむとこたえしに、蛇はこれを諾《うべな》いて鷲と戦い亡失《ほろびう》せしということの候なり。されど今|憖《なまじい》に鷲の首などと謂《い》う時は、かの恐しき魔法使の整え来ぬとも料《
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