いて片頬《かたほ》を撫《な》でた手をそのまま、欄干に肱《ひじ》をついて、遍《あまね》く境内をずらりと視《なが》めた。
 早いもので、もう番傘の懐手《ふところで》、高足駄で悠々と歩行《ある》くのがある。……そうかと思うと、今になって一目散に駆出すのがある。心は種々《いろいろ》な処へ、これから奥は、御堂の背後《うしろ》、世間の裏へ入る場所なれば、何の卑怯《ひきょう》な、相合傘《あいあいがさ》に後《おく》れは取らぬ、と肩の聳《そび》ゆるまで一人で気競《きお》うと、雨も霞《かす》んで、ヒヤヒヤと頬《ほお》に触る。一雫も酔覚《よいざめ》の水らしく、ぞくぞくと快く胸が時めく……
 が、見透《みとお》しのどこへも、女の姿は近づかぬ。
「馬鹿な、それっきりか。いや、そうだろう。」
 と打棄《うっちゃ》り放す。
 大提灯にはたはたと翼《つばさ》の音して、雲は暗いが、紫の棟の蔭、天女も籠《こも》る廂《ひさし》から、鳩が二三羽、衝《つ》と出て飜々《ひらひら》と、早や晴れかかる銀杏《いちょう》の梢《こずえ》を矢大臣門の屋根へ飛んだ。
 胸を反らして空模様を仰ぐ、豆売りのお婆《ばあ》の前を、内端《うちば》な足取
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