た》から推着《おしつ》けに、あれそれとも極《き》められないから、とにかく、不承々々に、そうか、と一帆の頷《うなず》いたのは、しかし観世音の廻廊の欄干に、立並んだ時ではない。御堂《みどう》の裏、田圃《たんぼ》の大金《だいきん》の、とある数寄屋造《すきやづく》り[#「数寄屋造り」は底本では「敷寄屋造り」]の四畳半に、膳《ぜん》を並べて差向った折からで。……
もっとも事のそこへ運んだまでに、いささか気になる道行《みちゆき》の途中がある。
一帆は既に、御堂の上で、その女に、大形の紙幣《さつ》を一枚、紙入から抜取られていたのであった。
やっぱり練磨の手術《てわざ》であろう。
その時、扇子を手で圧《おさ》えて、貴下《あなた》は一人で歩行《ある》く方が、
「……お好《すき》な癖に……」
とそう云うから、一帆は肩を揺《ゆす》って、
「こうなっちやもう構やしません。是非相合傘にして頂く。」と威《おど》すように云って笑った。
「まあ、駄々《だだ》ッ児《こ》のようだわね。」
と莞爾《にっこり》して、
「貴方《あなた》、」と少し改まる。
「え。」
「あの、少々お持合わせがござんすか。」
と澄まして言う。一帆はいささか覚悟はしていた。
「ああ。」
とわざと鷹揚《おうよう》に、
「幾干《いくら》ばかり。」
「十枚。」
と胸を素直《まっすぐ》にした、が、またその姿も佳《よ》かった。
「ちょいと、買物がしたいんですから。」
「お持ちなさい。」
この時、一帆は背後《うしろ》に立った田舎ものの方を振向いた。皆《みんな》、きょろりきょろりと視《なが》めた。
女は、帯にも突込《つっこ》まず、一枚|掌《たなそこ》に入れたまま、黙って、一帆に擦違《すれちが》って、角の擬宝珠《ぎぼしゅ》を廻って、本堂正面の階段の方へ見えなくなる。
大方、仲見世へ引返したのであろう、買物をするといえば。
さて何をするか、手間の取れる事一通りでない。
煙草《たばこ》ももう吸い飽きて、拱《こまぬ》いてもだらしなく、ぐったりと解ける腕組みを仕直し仕直し、がっくりと仰向《あおむ》いて、唇をペろぺろと舌で嘗《な》める親仁《おやじ》も、蹲《しゃが》んだり立ったりして、色気のない大欠伸《おおあくび》を、ああとする茜《あかね》の新姐《しんぞ》も、まんざら雨宿りばかりとは見えなかった。が、綺麗《きれい》な姉様《あねさま》を待飽倦《まちあぐ》んだそうで、どやどやと横手の壇を下《お》り懸けて、
「お待遠《まちどお》だんべいや。」
と、親仁がもっともらしい顔色《かおつき》して、ニヤリともしないで吐《ほざ》くと、女どもは哄《どっ》と笑って、線香の煙の黒い、吹上げの沫《しぶき》の白い、誰彼《たそが》れのような中へ、びしょびしょと入って行《ゆ》く。
吃驚《びっくり》して、這奴等《しやつら》、田舎ものの風をする掏賊《すり》か、ポン引《ひき》か、と思った。軽くなった懐中《ふところ》につけても、当節は油断がならぬ。
その時分まで、同じ処にぼんやりと立って待ったのである。
六
早く下りよ、と段はそこに階《きざはし》を明けて斜めに待つ。自分に恥じて、もうその上は待っていられないまでになった。
端へ出るのさえ、後を慕って、紙幣《さつ》に引摺《ひきず》られるような負惜《まけおし》みの外聞があるので、角の処へも出ないでいた。なぜか、がっかりして、気が抜けて、その横手から下りて、路《みち》を廻るのも億劫《おっくう》でならぬので、はじめて、ふらふらと前へ出て、元の本堂前の廻廊を廻って、欄干について、前刻《さっき》来がけとは勢《いきおい》が、からりとかわって、中折《なかおれ》の鍔《つば》も深く、面《おもて》を伏せて、そこを伝う風も、我ながら辿々《たどたど》しかった。
トあの大提灯を、釣鐘が目前《めのまえ》へぶら下ったように、ぎょっとして、はっと正面へ魅《つま》まれた顔を上げると、右の横手の、広前《ひろまえ》の、片隅に綺麗に取って、時ならぬ錦木《にしきぎ》が一本《ひともと》、そこへ植わった風情に、四辺《あたり》に人もなく一人立って、傘《からかさ》を半開き、真白《まっしろ》な横顔を見せて、生際《はえぎわ》を濃く、美しく目迎えて莞爾《にっこり》した。
「沢山《たんと》、待たせてさ。」と馴々《なれなれ》しく云うのが、遅くなった意味には取れず、逆《さかさま》に怨《うら》んで聞える。
言葉戦い合《かな》うまじ、と大手を拡げてむずと寄って、
「どこにしましょう。」
「どちらへでも、貴下《あなた》のお宜《よろ》しい処が可《よ》うござんす。」
「じゃ、行く処へいらっしゃい。」
「どうぞ。」
ともう、相合傘の支度らしい、片袖を胸に当てる、柄よりも姿が細《ほっそ》りする。
丈がすらりと高島田で、並ぶ
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