》う音。尤《もっと》も帯をしめようとして、濃いお納戸《なんど》の紋着に下じめの装《なり》で倒れた時、乳母が大声で人を呼んだです。
やがて医者《せんせい》が袴《はかま》の裾《すそ》を、ずるずるとやって駈け込んだ。私には戸外《おもて》へ出て遊んで来いと、乳母が言ったもんだから、庭から出たです。今も忘れない。何とも言いようのない、悲しい心細い思いがしましたな。」
花売《はなうり》は声細く、
「御道理《ごもっとも》でございますねえ。そして母様《おっかさん》はその後《のち》快《よ》くおなりなさいましたの。」
「お聞きなさい、それからです。
小児《こども》は切《せめ》て仏の袖《そで》に縋《すが》ろうと思ったでしょう。小立野《こだつの》と言うは場末《ばすえ》です。先ず小さな山くらいはある高台、草の茂った空地沢山《あきちだくさん》な、人通りのない処《ところ》を、その薬師堂《やくしどう》へ参ったですが。
朝の内に月代《さかやき》、沐浴《ゆあみ》なんかして、家を出たのは正午《ひる》過《すぎ》だったけれども、何時《いつ》頃薬師堂へ参詣して、何処《どこ》を歩いたのか、どうして寝たのか。
翌朝《あくる
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