れを復《なお》したい一心で、薬を探しに来たんですな。」
高坂は少時《しばらく》黙った。
「こう言うと、何か、さも孝行の吹聴《ふいちょう》をするようで人聞《ひとぎき》が悪いですが、姉さん、貴女《あなた》ばかりだから話をする。
今でこそ、立派な医者もあり、病院も出来たけれど、どうして城下が二里四方に開《ひら》けていたって、北国《ほくこく》の山の中、医者らしい医者もない。まあまあその頃、土地第一という先生まで匙《さじ》を投げてしまいました。打明けて、父が私たちに聞かせるわけのものじゃない。母様《おっかさん》は病気《きいきい》が悪いから、大人《おとな》しくしろよ、くらいにしてあったんですが、何となく、人の出入《ではいり》、家《うち》の者の起居挙動《たちいふるまい》、大病というのは知れる。
それにその名医というのが、五十|恰好《かっこう》で、天窓《あたま》の兀《は》げたくせに髪の黒い、色の白い、ぞろりとした優形《やさがた》な親仁《おやじ》で、脈を取るにも、蛇《じゃ》の目《め》の傘《かさ》を差すにも、小指を反《そら》して、三本の指で、横笛を吹くか、女郎《じょろう》が煙管《きせる》を持つような手付《てつき》をする、好かない奴。
私がちょこちょこ近処《きんじょ》だから駈出《かけだ》しては、薬取《くすりとり》に行《ゆ》くのでしたが、また薬局というのが、その先生の甥《おい》とかいう、ぺろりと長い顔の、額《ひたい》から紅《べに》が流れたかと思う鼻の尖《さき》の赤い男、薬箪笥《くすりだんす》の小抽斗《こひきだし》を抜いては、机の上に紙を並べて、調合をするですが、先ずその匙加減《さじかげん》が如何《いか》にも怪《あや》しい。
相応《そうおう》に流行《はや》って、薬取《くすりとり》も多いから、手間取《てまど》るのが焦《じれ》ったさに、始終|行《ゆ》くので見覚えて、私がその抽斗《ひきだし》を抜いて五つも六つも薬局の机に並べて遣《や》る、終《しまい》には、先方《さき》の手を待たないで、自分で調合をして持って帰りました。私のする方が、かえって目方《めかた》が揃《そろ》うくらい、大病だって何だって、そんな覚束《おぼつか》ない薬で快くなろうとは思えんじゃありませんか。
その頃父は小立野《こだつの》と言う処《ところ》の、験《げん》のある薬師《やくし》を信心で、毎日参詣するので、私もちょいちょい
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