夜釣
泉鏡花

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)大工《だいく》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)二百|目《め》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまは》した

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)さく/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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 これは、大工《だいく》、大勝《だいかつ》のおかみさんから聞《き》いた話《はなし》である。

 牛込築土前《うしごめつくどまへ》の、此《こ》の大勝棟梁《だいかつとうりやう》のうちへ出入《でい》りをする、一寸《ちよつと》使《つか》へる、岩次《いはじ》と云《い》つて、女房持《にようばうもち》、小兒《こども》の二人《ふたり》あるのが居《ゐ》た。飮《の》む、買《か》ふ、摶《ぶ》つ、道樂《だうらく》は少《すこし》もないが、たゞ性來《しやうらい》の釣好《つりず》きであつた。
 また、それだけに釣《つり》がうまい。素人《しろうと》にはむづかしいといふ、鰻釣《うなぎつり》の絲捌《いとさば》きは中《なか》でも得意《とくい》で、一晩《ひとばん》出掛《でか》けると濕地《しつち》で蚯蚓《みゝず》を穿《ほ》るほど一《ひと》かゞりにあげて來《く》る。
「棟梁《とうりやう》、二百|目《め》が三ぼんだ。」
 大勝《だいかつ》の臺所口《だいどころぐち》へのらりと投込《なげこ》むなぞは珍《めづら》しくなかつた。
 が、女房《にようばう》は、まだ若《わか》いのに、後生願《ごしやうねが》ひで、おそろしく岩《いは》さんの殺生《せつしやう》を氣《き》にして居《ゐ》た。
 霜月《しもつき》の末頃《すゑごろ》である。一晩《ひとばん》、陽氣違《やうきちが》ひの生暖《なまぬる》い風《かぜ》が吹《ふ》いて、むつと雲《くも》が蒸《む》して、火鉢《ひばち》の傍《そば》だと半纏《はんてん》は脱《ぬ》ぎたいまでに、惡汗《わるあせ》が浸《にじ》むやうな、其《その》暮方《くれがた》だつた。岩《いは》さんが仕事場《しごとば》から――行願寺内《ぎやうぐわんじない》にあつた、――路地《ろぢ》うらの長屋《ながや》へ歸《かへ》つて來《く》ると、何《なに》かもの
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