、その成金《なりきん》に買われたな。これ、昔も同じ事があった。白雪、白雪という、この里の処女だ。権勢と迫害で、可厭《いや》がるものを無理に捉《とら》えて、裸体《はだか》を牛に縛《いまし》めて、夜叉ヶ池へ追上せた。……処女は、口惜《くや》しさ、恥かしさ、無念さに、生きて里へ帰るまい。其方《そなた》も、……其方も……追っては屠《ほふ》らるる。同じ生命《いのち》を、我に与えよ、と鼻頭《はなづら》を撫でて牛に言い含め、終夜《よもすがら》芝を刈りためたを、その牛の背に山に積んで、石を合せて火を放つと、鞭《むち》を当てるまでもない。白い手を挙げ、衝《つ》とさして、麓《ふもと》の里を教うるや否や、牛は雷《いかずち》のごとく舞下《まいさが》って、片端《かたっぱし》から村を焼いた。……麓にぱっと塵《ちり》のような赤い焔《ほのお》が立つのを見て、笑《えみ》を含んで、白雪は夜叉ヶ池に身を沈めたというのを聞かぬか。忘れたか。汝等。おれたちに指でも指してみろ、雨は降らいで、鹿見村は焔になろう。不埒《ふらち》な奴等だ。
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鉱蔵 世迷言《よまいご
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