ために、鐘を撞《つ》く事を怠るな。――山沢、そのために鋳た鐘なんだよ。だから一度でも忘れると、たちどころに、大雨《たいう》、大雷《だいらい》、大風とともに、夜叉ヶ池から津浪が起って、村も里も水の底に葬って、竜神は想うままに天地を馳《は》すると……こう、この土地で言伝える。……そのために、明六つ、暮六つ、丑満つ鐘を撞く。……
学円 (乗出でて)面白い。
晃 いや、面白いでは済まない、大切な事です。
学円 いかにも大切な事じゃ。
晃 ところで、その鐘を撞く、鐘撞き男を誰だと思う。
学円 君か。
晃 僕だよ。すなわち萩原晃がその鐘撞夫《かねつき》なんだよ。
学円 はてな。
晃 ここに小屋がある……
学円 むむ。
晃 鐘撞が住む小屋で、一昨年《おととし》の夏、私が来て、代るまでは、弥太兵衛《やたべえ》と云う七十九になる爺様《じいさん》が一人居て、これは五十年|以来《このかた》、いかな一日も欠かす事なく、一昼夜に三度ずつこの鐘を打っていた。
[#ここから1字下げ]
山沢、花は人の目を誘う、水は人の心を引く。君も夜叉ヶ池を見に来たと云う。私がやっぱり、池を見ようと、この里へ来た時、暮六つの鐘が鳴っ
前へ
次へ
全76ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング