ご》んで引摺出《ひきずりだ》せ。
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村のもの四五人、ばらばらと跳込《おどりこ》む。内に、あれあれと言う声。雨戸ばらばらとはずるる。
真中《まんなか》に屹《きっ》となり――左右を支えて、
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百合 何をおしだ、人の内へ。
管八 人の内も我が内もあるものかい。鹿見一郡六ヶ村。
初雄 焼土《やけつち》になろう、野原に焦《こ》げようという場合であるです。
宅膳 (ずっと出で)こりゃ、お百合、見苦しい、何をざわつく。唯今《ただいま》も、途中で言聞かした通りじゃ。汝《きさま》に白羽の矢が立ったで、否応《いやおう》はないわ。六ヶ村の水切れじゃ。米ならば五万石、八千人のために、雨乞《あまごい》の犠牲《にえ》になりましょう! 小児《こども》のうちから知ってもおろうが、絶体絶命の旱《ひでり》の時には、村第一の美女を取って裸体《はだか》に剥《む》き……
百合 ええ。(と震える。)
宅膳 黒牛の背に、鞍《くら》置かず、荒縄に縛《いまし》める。や、もっとも神妙に覚悟して乗って行《ゆ》けば縛るには及ばんてさ。……すなわち、草を分けて山の腹に引上せ、夜叉ヶ池の竜神に、この犠牲《いけにえ》を奉るじゃ。が、生命《いのち》は取らぬ。さるかわり、背に裸身《はだかみ》の美女を乗せたまま、池のほとりで牛を屠《ほふ》って、角ある頭《こうべ》と、尾を添えて、これを供える。……肉は取って、村一同|冷酒《ひやざけ》を飲んで啖《くら》えば、一天たちまち墨を流して、三日の雨が降灌《ふりそそ》ぐ。田も畠《はた》も蘇生《よみがえ》るとあるわい。昔から一度もその験《しるし》のない事はない。お百合、それだけの事じゃ。我慢して、村長閣下の前につけても御奉公申上げい。さあ、立とう、立ちましょう。
百合 叔父さん、何にも申しません、どうぞ、あの、晃さん、旦那様のお帰りまでお待ちなすって下さいまし。もし、皆さん、堪忍して下さいまし。……手を合せて拝みます。そ、そんな事が、まあ、私に……
管八 何だとう?
初雄 貴女《あなた》、お百合さん、何ですか。
百合 叔父さん、後生でございます……晃さんの帰りますまで。
宅膳 またしても旦那様じゃ。晃、晃と呆《あき》れた奴《やつ》めが。これ、潮《うしお》の満干《みちひ》、月の数……今日の今夜の丑満《うしみつ》は過されぬ。立ちましょう、立ちましょう。
管八 言うことを肯《き》かんと縛《くく》り上げるぞ。
嘉伝次 村、郡《こおり》のためじゃ、是非がない。これ、はい、気の毒なものじゃわい。
管八 お神官《かんぬし》、こりゃいかんでえ?
宅膳 引立《ひった》てて可《よ》うござる。
管八 来い、それ。
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と村のもの取込むる。百合|遁《に》げ迷う。
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風呂助 埒《らち》あかんのう。私《わし》にまかせたが可うござんす。
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とのさばり掛《かか》り、手もなく抱《だき》すくめて掴《つか》み行く。仕丁《しちょう》手伝い、牛の背に仰《あおむ》けざまに置く。
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百合 ああれ。(と悶《もだ》ゆる。)
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胴にまわし、ぐるぐると縄を捲《ま》く。お百合|背《せな》を捻《ね》じて面《おもて》を伏す。黒髪|颯《さっ》と乱れて長く牛の鰭爪《ひづめ》に落つ。
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嘉伝次 宅膳どん、こりゃ、きものを着ていて可《よ》いかい。
宅膳 はあ、いずれ、社《やしろ》の森へ参って、式のごとく本支度に及びまするて。社務所には、既に、近頃このあたりの大地主になれらましたる代議士閣下をはじめ、お歴々衆、村民一同の事をお憂慮《きづかい》なされて、雨乞《あまごい》の模様を御見物にお揃いでござりますてな。
嘉伝次 その事じゃっけね。
初雄 皆、急ぐです。
管八 諸君努力せよかね、はははは。
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一同、どやどやと行《ゆ》きかかる。
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晃 (衝《つ》と来り、前途《ゆくて》に立って、屹《きっ》と見るより、仕丁を左右へ払いのけ、はた、と睨《にら》んで、牛の鼻頭《はなづら》を取って向け、手縄《たづな》を、ぐい、と緊《し》めて、ずかずか我家の前。腰なる鎌を抜くや否や、無言のまま、お百合のいましめの縄をふッと切る。)
百合 (一目見て)おお晃さん、(ところげ落ち、晃のうしろに身をかくして、帯の腰に取縋《とりすが》り)旦那様、いい処へ。貴下《あなた》。どうして、まあ、よく、まあ、早う帰って下さい
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