は過されぬ。立ちましょう、立ちましょう。
管八 言うことを肯《き》かんと縛《くく》り上げるぞ。
嘉伝次 村、郡《こおり》のためじゃ、是非がない。これ、はい、気の毒なものじゃわい。
管八 お神官《かんぬし》、こりゃいかんでえ?
宅膳 引立《ひった》てて可《よ》うござる。
管八 来い、それ。
[#ここから2字下げ]
と村のもの取込むる。百合|遁《に》げ迷う。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
風呂助 埒《らち》あかんのう。私《わし》にまかせたが可うござんす。
[#ここから2字下げ]
とのさばり掛《かか》り、手もなく抱《だき》すくめて掴《つか》み行く。仕丁《しちょう》手伝い、牛の背に仰《あおむ》けざまに置く。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
百合 ああれ。(と悶《もだ》ゆる。)
[#ここから2字下げ]
胴にまわし、ぐるぐると縄を捲《ま》く。お百合|背《せな》を捻《ね》じて面《おもて》を伏す。黒髪|颯《さっ》と乱れて長く牛の鰭爪《ひづめ》に落つ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
嘉伝次 宅膳どん、こりゃ、きものを着ていて可《よ》いかい。
宅膳 はあ、いずれ、社《やしろ》の森へ参って、式のごとく本支度に及びまするて。社務所には、既に、近頃このあたりの大地主になれらましたる代議士閣下をはじめ、お歴々衆、村民一同の事をお憂慮《きづかい》なされて、雨乞《あまごい》の模様を御見物にお揃いでござりますてな。
嘉伝次 その事じゃっけね。
初雄 皆、急ぐです。
管八 諸君努力せよかね、はははは。
[#ここから2字下げ]
一同、どやどやと行《ゆ》きかかる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
晃 (衝《つ》と来り、前途《ゆくて》に立って、屹《きっ》と見るより、仕丁を左右へ払いのけ、はた、と睨《にら》んで、牛の鼻頭《はなづら》を取って向け、手縄《たづな》を、ぐい、と緊《し》めて、ずかずか我家の前。腰なる鎌を抜くや否や、無言のまま、お百合のいましめの縄をふッと切る。)
百合 (一目見て)おお晃さん、(ところげ落ち、晃のうしろに身をかくして、帯の腰に取縋《とりすが》り)旦那様、いい処へ。貴下《あなた》。どうして、まあ、よく、まあ、早う帰って下さい
前へ
次へ
全38ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング