さかべ、化猫は赤手拭《あかてぬぐい》、篠田《しのだ》に葛《くず》の葉、野干平《やかんべい》、古狸の腹鼓《はらつづみ》、ポコポン、ポコポン、コリャ、ポンポコポン、笛に雨を呼び、酒買小僧、鉄漿着女《かねつけおんな》の、けたけた笑《わらい》、里の男は、のっぺらぼう。
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と唄――
与十《よじゅう》、竹の小笠《おがさ》を仰向《あおむ》けに、鯉《こい》を一尾、嬉しそうな顔して見て、ニヤニヤと笑って出づ。
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与十 大《でか》い事をしたぞ。へい、雪さ豊年の兆《しるし》だちゅう、旱《ひでり》は魚《うお》の当りだんべい。大沼小沼が干たせいか、じょんじょろ水に、びちゃびちゃと泳いだ処を、ちょろりと掬《しゃく》った。……(鯉跳ねる)わい! 銀の鱗《うろこ》だ。ずずんと重い。四貫目あるべい。村長様が、大囲炉裡《おおいろり》の自在竹に掛った滝登りより、えッと大《でっけ》え。こりゃ己《おら》がで食おうより、村会議員の髯《ひげ》どのに売るべいわさ。やれ、鯉。髯どのに身売をしろじゃ。値になれ、値になれ。(鯉跳ねる)ふあ、銀の鱗だ。金《かね》が光る――光るてえば、鱗てえば、ここな、(と小屋を見て)鐘撞《かねつき》先生が打《ぶ》ってしめた、神官《かんぬし》様の嬢様さあ、お宮の住居《すまい》にござった時分は、背中に八枚鱗が生えた蛇体だと云っけえな。……そんではい、夜さり、夜ばいものが、寝床を覗《のぞ》くと、いつでもへい、白蛇《しろへび》の長《なげ》いのが、嬢様のめぐり廻って、のたくるちッて、現に、はい、目のくり球廻らかいて火を吹いた奴《やつ》さえあっけえ。……
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鐘撞先生には何事もねえと見えるだ。まんだ、丈夫に活《い》きてござって、執殺《とりころ》されもさっしゃらねえ。見ろやい、取っても着けねえ処に、銀の鱗さ、ぴかぴかと月に光るちッて、汝《われ》がを、(と鯉をじろじろ)ばけものか蛇体と想うて、手を出さずば、うまい酒にもありつけぬ処だったちゅうものだ。――嬢様が手本だよ。はってな、今時分、真暗《まっくら》だ。舐殺《なめころ》されはしねえだかん、待ちろ。(と抜足で寄って、小屋の戸の隙間《すきま》を覗く。)
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蟹五郎《かにごろう》。朱顔、蓬《おどろ》なる赤毛頭《あかげがしら》、
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