価では心苦しい。ずばりと余計なら黙っても差置きますが、旅空なり、御覧の通りの風体《ふうてい》。ちゃんと云うて取って下さい。
百合 そうまでお気が済みませんなら、少々お代を頂きましょうか。
学円 勿論ともな。
百合 でも、あの、お代とさえ申しますもの、お宝には限りません。そのかわり、短いのでも可《よ》うござんす、お談話《はなし》を一つ、お聞かせなすって下さいましな。
学円 談話をせい、……談話とは?
百合 方々旅を遊ばした、面白い、珍しい、お話しでございます。
学円 その談話を?
百合 はい、お代のかわりに頂きます。貴客《あなた》には限りませず、薬売の衆、行者《ぎょうじゃ》、巡礼、この村里の人たちにも、お間に合うものがござんして、そのお代をと云う方には、誰方《どなた》にも、お談話を一条《ひとつ》ずつ伺います。沢山《たんと》お聞かせ下さいますと、お泊め申しもするのでござんす。
学円 むむ、これこそ談話じゃ。(と小膝《こひざ》を拍《うっ》て)面白い。話しましょう。……が、さて談話というて、差当り――お茶代になるのじゃからって、長崎から強飯《こわめし》でもあるまいな。や、思出した。しかもこの越前《えちぜん》じゃ。
晃 (細く障子を開き差覗《さしのぞ》く。)
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時に小机に向いたり。双紙を開き、筆を取りて、客の物語る所をかき取らんとしたるなるが、学円と双方、ふと顔を合せて、何とかしけん、燈火《ともしび》をふっと消す。
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百合 どんなお話、もし、貴客《あなた》。
学円 ……時にここで話すのを、貴女のほかに聞く人がありますかね。
百合 いいえ、外《ほか》にはお月様ばかりでござんす。
学円 道理こそ燈《あかり》が消えて、ああ、蚊遣《かやり》の煙で、よくは見えぬが、……納戸に月が射《さ》すらしい。――お待ちなさい。今、言いかけた越前の話というのは、縁の下で牡丹餅《ぼたもち》が化けたのです。たとえば、ここで私《わし》がものを云うと、その通り、縁の下で口真似をする奴《やつ》がある。村中が寄って集《たか》って、口真似するは何ものじゃ。狐か、と聞くと、違う。と答える。狸か、違う、獺《かわうそ》か、違う、魔か、天狗《てんぐ》か、違う、違う。……しまいに牡丹餅か、と尋ねた時、おうと云って消え失《う》せたとい
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