いちやあ母樣《おつかさん》が來《き》てくれないのとばかり思《おも》ひ込《こ》んだので、無理《むり》に堪《こら》へてうしろを振返《ふりかへ》つて見《み》ようといふ元氣《げんき》もないが、むず/\するので考《かんが》へるやうに、小首《こくび》をふつて、促《うなが》す處《ところ》ある如《ごと》く、はれぼつたい眼《め》で、巡査《じゆんさ》を見上《みあ》げた。
 犬《いぬ》はまたなめた。其舌《そのした》の鹽梅《あんばい》といつたらない、いやにべろ/\して頗《すこぶ》るをかしいので、見物《けんぶつ》が一齊《いつせい》に笑《わら》つた。巡査《じゆんさ》も苦笑《にがわらひ》をして、
「おい。」とさういつた。
 お孝《かう》は堪《たま》らなかつた。かはいさうで/\かはいさうでならないのを、他《ほか》に多勢《おほぜい》見《み》て居《ゐ》るものを、女《をんな》の身《み》で、とさう思《おも》つて、うつちやつては行《ゆ》きたくなし、さればツて見《み》ても居《ゐ》られず、ほんとに何《ど》うしようかと思《おも》つて、はツ/\したんだから、此時《このとき》もう堪《たま》らなくなつたんだ。
 いきなり前《まへ》へ出《で
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