をおさへて、顏《かほ》だけ振向《ふりむ》けて見《み》て居《ゐ》るので。大方《おほかた》女《をんな》の身《み》でそんなもの見《み》るのが氣恥《きはづ》かしいのであらう。
 ことの起原《おこり》といふのは、醉漢《ゑひどれ》でも、喧嘩《けんくわ》でもない、意趣斬《いしゆぎり》でも、竊盜《せつたう》でも、掏賊《すり》でもない。六《むつ》ツばかりの可愛《かはい》いのが迷兒《まひご》になつた。
「母樣《おつかさん》は何《ど》うした、うむ、母樣《おつかさん》は、母樣《おつかさん》は。」と、見張員《みはりゐん》が口早《くちばや》に尋《たづ》ね出《だ》した。なきじやくりをしいしい、
「内《うち》に居《ゐ》るよ。」
 巡査《じゆんさ》は交番《かうばん》の戸《と》に凭懸《よりかゝ》つて、
「お前《まへ》一人《ひとり》で來《き》たのか、うむ、一人《ひとり》なんか。」
 頷《うなづ》いた。仰向《あふむ》いて頷《うなづ》いた。其膝切《そのひざきり》しかないものが、突立《つツた》つてる大《だい》の男《をとこ》の顏《かほ》を見上《みあ》げるのだもの。仰向《あふむ》いて見《み》ざるを得《え》ないので、然《しか》も、一寸
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