瓶《はねつるべ》の手を休めるやら、女|連《づれ》が上も下も斉《ひと》しく見る目を聳《そばだ》てたが、車は確に、軒に藤棚があって下を用水が流れる、火の番小屋と相角《あいかど》の、辻の帳場で、近頃塗替えて、島山の令夫人《おくがた》に乗初《のりそ》めをして頂く、と十日ばかり取って置きの逸物に違いないが――風呂敷包み一つ乗らない、空車を挽いて、車夫は被物《かぶりもの》なしに駈けるのであった。
 ものの半時ばかり経《た》つと、同じ腕車《くるま》は、通《とおり》の方から勢《いきおい》よく茶畑を走って、草深の町へ曳込《ひきこ》んで来た。時に車上に居たものを、折から行違った土地の豆腐屋、八百屋、(のりはどうですね――)と売って通る女房《かみさん》などは、若竹座へ乗込んだ俳優《やくしゃ》だ、と思ったし、旦那が留守の、座敷から縁越に伸上ったり、玄関の衝立《ついたて》の蔭になって差覗《さしのぞ》いた奥様連は、千鳥座で金色夜叉を演《す》るという新俳優の、あれは貫一に扮《な》る誰かだ、と立騒いだ。
 主税がまた此地《こっち》へ来ると、ちとおかしいほど男ぶりが立勝って、薙放《なぎはな》しの頭髪《かみ》も洗ったよう
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