泣いたの。主税さん。卒業したら、その日から、(私も掏摸かい、見て頂戴。)と、貴下の二階に居て讐《かたき》を取ってやりたかったに、残念だわねえ。」
 と擦寄って、
「地方《いなか》へ行かない工夫はないの?」と忘れたように、肩に凭《もた》れて、胸へ縋《すが》ったお妙の手を、上へ頂くがごとくに取って、主税は思わず、唇を指環《ゆびわ》に接《つ》けた。
「忘れません。私は死んでも鬼になって。」
 君の影身に附添わん、と青葉をさらさらと鳴らしたのである。


     巣立の鷹

       六十

「おっと、ここ、ここ、飯田町の先生、こっちだ、こっちだ、はははは。」
 十二時近い新橋|停車場《ステイション》の、まばらな、陰気な構内も、冴返る高調子で、主税を呼懸けたのは、め[#「め」に傍点]組の惣助。
 手荷物はすっかり、このいさみが預って、先へ来て待合わせたものと見える。大《おおき》な支那革鞄《しなかばん》を横倒しにして、えいこらさと腰を懸けた。重荷に小附の折革鞄《ポオトフォリオ》、慾張って挟んだ書物の、背のクロオスの文字が、伯林《ベルリン》の、星の光はかくぞとて、きらきら異彩を放つのを、瓢箪
前へ 次へ
全428ページ中208ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング