言うに及ばずながら、奥方はどうかすると、一白九紫を口にされる。同じ相性でも、始《はじめ》わるし、中程宜しからず、末|覚束《おぼつか》なしと云う縁なら、いくらか破談の方に頼みはあるが……衣食満ち満ち富貴……は弱った。
 のみならず、子五人か、九人あるべしで、平家の一門、藤原一族、いよいよ天下に蔓《はびこ》らんずる根ざしが見えて容易でない。
 すでに過日《いつか》も、現に今日の午後《ひるすぎ》にも、礼之進が推参に及んだ、というきっさきなり、何となく、この縁、纏まりそうで、一方ならず気に懸る。
 ああ、先生には言われぬ事、奥方には遠慮をすべき事にしても、今しも原の前で、お妙さんを見懸けた時、声を懸けて呼び留めて、もし河野の話が出たら、私は厭《いや》、とおっしゃいよ、と一言いえば可かったものを。
 大道で話をするのが可訝《おかし》ければ、その辺の西洋料理へ、と云っても構わず、鳥居の中には藪蕎麦《やぶそば》もある。さしむかいに云うではなし、円髷も附添った、その女中《おんな》とても、長年の、犬鷹朋輩の間柄、何の遠慮も仔細《しさい》も無かった。
 お妙さんがまた、あの目で笑って、お小遣いはあるの? とは冷評《ひやか》しても、どこかへ連れられるのを厭味らしく考えるような間《なか》ではないに、ぬかったことをしたよ。
 なぞと取留めもなく思い乱れて、凝《じっ》とその大吉を瞻《みつ》めていると、次第次第に挿画《さしえ》の殿上人に髯《ひげ》が生えて、たちまち尻尾のように足を投げ出したと思うと、横倒れに、小町の膝へ凭《もた》れかかって、でれでれと溶けた顔が、河野英吉に、寸分違わぬ。
「旦那いかがでございます。えへへ、」と、かんてらの灯の蔭から、気味の悪い唐突《だしぬけ》の笑声《わらいごえ》は、当露店の亭主で、目を細うして、額で睨《にら》んで、
「大分御意に召しましたようで、えへへ。」
「幾干《いくら》だい。」
 とぎょっとした主税は、空《くう》で値を聞いて見た。
「そうでげすな。」
 と古帽子の庇《ひさし》から透かして、撓《た》めつつ、
「二十銭にいたして置きます。」と天窓《あたま》から十倍に吹懸《ふっか》ける。
 その時かんてらが煽《あお》る。
 主税は思わず三世相を落して、
「高価《たか》い!」
「お品が少うげして、へへへ、当節の九星早合点、陶宮手引草などと云う活版本とは違いますで、」

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