の妹たちは、皆学士を釣る餌だ。」
「餌でも可い、構わんね。藤原氏の為だもの。一人や二人|犠牲《ぎせい》が出来ても可いが、そりゃ大丈夫心配なしだ。親たちの目は曇りやしない。
 次第々々に地位を高めようとするんだから、奇才俊才、傑物は不可《いか》ん。そういうのは時々失敗を遣る。望む処は凡才で間違いの無いのが可いのだ。正々堂々の陣さ、信玄流です。小豆長光を翳《かざ》して旗下へ切込むようなのは、快は快なりだが、永久持重の策にあらず……
 その理想における河野家の僕が中心なんだろう。その中心に据《すわ》ろうという妻《さい》なんだから、大《おおい》に慎重の態度を取らんけりゃならんじゃないか。詰り一家《いっけ》の女王《クウィイン》なんだから、」
 河野は、渠《かれ》がいわゆる正々堂々として説くこと一条。その理想における根ざしの深さは、この男の口から言っても、例の愚痴のように聞えるのや、その落着かない腰には似ない、ほとんど動かすべからざる、確乎としたものであった。
「いや、よく解った、成程その主義じゃ、人の娘の体格検査をせざあなるまい。しかし私は厭《いや》だ! 私の娘なら断るよ、たとい御試験には及第を致しましても、」
 と冷かに笑うと、河野は人物に肖《に》ず、これには傲然《ごうぜん》として、信ずる処あるごとく、合点《のみこ》んだ笑い方をして、
「でも、条件さえ通過すれば、僕は娶《もら》うよ。ははは、きっと貰うね、おい、一本貰って行くぜ。」
 と脱兎のごとく、かねて計っていたように、この時ひょいと立つと、肩を斜めに、衣兜《かくし》に片手を突込んだまま、急々《つかつか》と床の間に立向うて、早や手が掛った、花の矢車。
 片膝立てて、颯《さっ》と色をかえて、
「不可《いけな》いよ。」
「なぜかい?」
 と済まして見返る。主税は、ややあせった気味で、
「なぜと云って、」
「はははは、そこが、肝心な処だ、と母様が云ったんだ。」
 と突立ったまま、ニヤリとして、
「早瀬、君がどうかしているんじゃないか、ええ、おい、妙子を。」

       二十一

 冷《れい》か、熱か、匕首《ひしゅ》、寸鉄にして、英吉のその舌の根を留めようと急《あせ》ったが、咄嗟《とっさ》に針を吐くあたわずして、主税は黙って拳《こぶし》を握る。
 英吉は、ここぞ、と土俵に仕切った形で、片手に花の茎《じく》を引掴《ひッつか》み
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