も親なんだぜ、余裕があったら勿論貢ぐんだ。無ければ断る。が、人情なら三杯食う飯を一杯ずつ分《わけ》るんだ。着物は下着から脱いで遣るのよ。」
と思い入った体で、煙草を持った手の尖《さき》がぶるぶると震えると、対手の河野は一向気にも留めない様子で、ただ上の空で聞いて首《こうべ》だけ垂れていたが、かえって襖《ふすま》の外で、思わずはらはらと落涙したのはお蔦である。
何の話? と声のはげしいのを憂慮《きづか》って、階子段の下でそっと聞くと、縁談でございますよ、とお源の答えに、ええ、旦那の、と湯上りの颯《さっ》と上気した顔の色を変えたが、いいえ、河野様が御自分の、と聞いて、まあ、と呆れたように莞爾《にっこり》して、忍んで段を上って、上り口の次の室《ま》の三畳へ、欄干《てすり》を擦って抜足で、両方へ開けた襖の蔭へ入ったのを、両人《ふたり》には気が付かずに居るのである。
と河野は自分には勢《いきおい》のない、聞くものには張合のない口吻《くちぶり》で、
「だが、母さんが、」
「母様が何だ。母様が娶《もら》うんじゃあるまい、君が女房にするんじゃないか。いつでもその遣方だから、いや、縁談にかかったの、見合をしたの、としばしば聞かされるのが一々勘定はせんけれども、ざっと三十ぐらいあった。その内、君が、自分で断ったのは一ツもあるまい。皆母さんがこう云った。叔父さんが、ああだ、父さんが、それだ、と難癖を附けちゃ破談だ。
君の一家《いっけ》は、およそどのくらいな御門閥《ごもんばつ》かは知らん。河野から縁談を申懸けられる天下の婦人は、いずれも恥辱を蒙るようで、かねて不快に堪えんのだ。
昔の国守大名が絵姿で捜せば知らず、そんな御註文に応ずるのが、ええ、河野、どこにだってあるものか。」
と果は歎息して云うのであった。河野は急に景気づいて、
「何、無いことはありゃしない。そりゃ有るよ。君、僕ン許《とこ》の妹たちは、誰でもその註文に応ずるように仕立ててあるんだ。
揃って容色《きりょう》も好《よし》、また不思議に皆《みんな》別嬪《べっぴん》だ。知ってるだろう。生れたての嬰児《あかんぼ》の時は、随分、おかしな、色の黒いのもあるけれど、母さんが手しおに掛けて、妙齢《としごろ》にするまでには、ともかくも十人並以上になるんだ、ね、そうじゃないか。」
主税は返す言《ことば》もなく、これには否応なく頷
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