う屈《かが》みに水瓶《みずがめ》へ、花菫《はなすみれ》の簪《かんざし》と、リボンの色が、蝶々の翼薄黄色に、ちらちらと先ず映って、矢車を挿込むと、五彩の露は一入《ひとしお》である。
「ここに置かして頂戴よ。まあ、お酒の香《におい》がしてねえ、」と手を放すと、揺々《ゆらゆら》となる矢車草より、薫ばかりも玉に染む、顔《かんばせ》酔《え》いて桃に似たり。
「御覧なさい、矢車が酔ってふらふらするわ。」と罪もなく莞爾《にっこり》する。
お源はどぎまぎ、
「ええ、酒屋の小僧が、ぞんざいだものでございますから。」
「ちょいと、溢《こぼ》したの。やっぱり悪戯《いたずら》な小僧さん? 犬にばっかり弄《からか》っているんでしょう、私ン許《とこ》のも同一《おんなじ》よ。」
一廉《いっかど》社会観のような口ぶり、説くがごとく言いながら、上に上って、片手にそれまで持っていた、紫の風呂敷包、真四角なのを差置いた。
「お裾が汚れます、お嬢様。」
「いいえ、可《いい》のよ、」
と褄《つま》は上げても、袖は板の間に敷くのであった。
「あの、お惣菜になすって下さい。」
「どうも恐れ入ります。」
「旨《おいし》くはありませんよ、どうせ、お手製なんですから。」
少し途切れて、
「お内ですか。」
「はい、」
「主税さんは……あの旦那様は、」
と言いかけて、急に気が着いたか、
「まあ、どうしたの、暗いのねえ。」
成程、そこまでは水口の明《あかり》が取れたが、奥へ行く道は暗かった。
「も、仕様がないのでございますよ、ほんとうに、あら、どうしましょう。」
とお源は飛上って、慌てて引窓を、くるり、かたり。颯《さっ》と明るく虹の幻、娘の肩から矢車草に。
その時台所へ落着いて顔を出した、主人《あるじ》の主税と、妙子は面《おもて》を見合わせた。
「驚《おど》かして上げましょうと思ったんだけれども。」と、笑って串戯《じょうだん》を言いながら、瓶《かめ》なる花と対丈《ついたけ》に、そこに娘が跪居《ついい》るので、渠《かれ》は謹んで板に片手を支《つ》いたのである。
「驚かしちゃ、私|厭《いや》ですよ。」
「じゃ、なぜそんな水口からなんぞお入んなさいます。ちゃんと玄関へお出迎いをしているじゃありませんか。」
「それでもね、」
と愛々しく打傾き、
「お惣菜なんか持込むのに、お玄関からじゃ大業ですもの。それに、あの、
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