い》は見せたが、御承知の為人《ひととなり》で、どうとも謂《い》わぬ。
 姉夫人は、やっぱり半分《なかば》隠れたまま、
「滝ちゃんや、透《とおる》さんは。」
「母様《かあさん》が出掛けるんで、跡を追うですから、乳母《ばあや》が連れて、日曜だから山田(玄関の書生の名)もついて遊びです。平時《いつも》だと御宅へ上るんだけれど、今日の慈善会には、御都合で貴女も出掛けると云うから、珍らしくはないが、また浅間へ行って、豆か麩《ふ》を食わしとるですかな。」
「ではもう菅子さんは参りましたね。」
「先刻《さっき》出たです。」
 なぜ待っててくれないのだろう、と云う顔色《かおつき》もしないで、
「ああ、もっと早く来れば可《よ》うござんした。一所に行って欲しかったし、それに四五日お来《み》えなさらないから、滝ちゃんや透さんの顔も見たくって、」
 と優しく云って本意《ほい》なそう。一門の中《うち》に、この人ばかり、一人《いちにん》も小児を持たぬ。

       三十

 姉夫人の、その本意無げな様子を見て、理学士は、ああ、気の毒だと思うと、この人物だけにいっそ口重になって、言訳もしなければ慰めもせずに、希代にニヤリとして黙ってしまう。
 と直ぐ出掛けようか、どうしようと、気抜のした姿うら寂《さみ》しく、姉夫人も言《ことば》なく、手を掛けていた柱を背《せな》に向直って、黒塀越に、雲切れがしたように合歓《ねむ》の散った、日曜の朝の青田を見遣った時、ぶつぶつ騒しい鍋の音。
 と見ると、むらむらと湯気が立って、理学士が蓋《ふた》を取った、がよっぽど腹《おなか》が空いたと見えて、
「失礼します。」と碗を手にする。
「お待ちなさいまし、煮詰りはしませんか。」
 と肉色の絽《ろ》の長襦袢《ながじゅばん》で、絽|縮緬《ちりめん》の褄《つま》摺《す》る音ない、するすると長火鉢の前へ行って、科《しな》よく覗《のぞ》いて見て、
「まあ、辛うござんすよ、これじゃ、」
 と銅壺《どうこ》の湯を注《さ》して、杓文字《しゃもじ》で一つ軽く圧《おさ》えて、
「お装《つ》け申しましょう、」と艶麗《あでやか》に云う。
「恐縮ですな。」
 と碗を出して、理学士は、道子が、毛一筋も乱れない円髷の艶《つや》も溢《こぼ》さず、白粉の濃い襟を据えて、端然とした白襟、薄お納戸のその紗綾形《さやがた》小紋の紋着《もんつき》で、味噌汁《
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