ッて云ったんだ。彼奴《あいつ》、兇状持だ。」
「ええ―」
 何としたか、主税、茶碗酒をふらりと持った手が、キチンと極《きま》る。
「兇状持え?」とお蔦も袖を抱いたのである。
 め[#「め」に傍点]組は、どこか当なしに睨《にら》むように目を据えて、
「それを、私《わっし》ア、私アそれをね、ウイ、ちゃんと知ってるんだ。知ってるもんだから、だもんだから。……」

       九

「ウイ、だから私《わっし》が出入っちゃ、どんな事で暴露《ばれ》ようも知れねえという肚《はら》だ。こっちあ台所《でえどこ》までだから、ちっとも気がつかなかったが、先方《さき》じゃ奥から見懸けたもんだね。一昨日《おととい》頃静岡から出て来たって、今も蔦ちゃんの話だっけ。
 状《ざま》あ見やがれ、もっと先から来ていたんだ。家風に合わねえも、近所の外聞もあるもんか、笑《わら》かしゃあがら。」
 と大きに気勢《きお》う。
「何だ、何だ、兇状とは。」
「あの、河野さんの母様《おっかさん》がかい。」
 とお蔦も真顔で訝《いぶか》った。
「あれでなくって、兇状持は、誰なもんかね、」
「ほほほ、貴郎《あなた》、真面目《まじめ》で聞くことはないんだわ。め[#「め」に傍点]組の云う兇状持なら、あの令夫人《おくさん》がああ見えて、内々大福餅がお好きだぐらいなもんですよ。お彼岸にお萩餅《はぎ》を拵《こしら》えたって、自分の女房《かみさん》を敵《かたき》のように云う人だもの。ねえ、そうだろう。め[#「め」に傍点]の字、何か甘いものが好《すき》なんだろう。」
「いずれ、何か隠喰《かくしぐい》さ、盗人上戸《どろぼうじょうご》なら味方同士だ。」
「へへ、その通り、隠喰いにゃ隠喰いだが、喰ったものがね、」
「何だ、」
「馬でさ。」
「馬だと……」
「旅|俳優《やくしゃ》かい。」
「いんや、馬丁《べっとう》……貞造って……馬丁でね。私《わっし》が静岡に落ちてた時分の飲友達、旦那が戦争に行った留守に、ちょろりと嘗《な》めたが、病着《やみつき》で、※[#「口+愛」、第3水準1−15−23]《おくび》の出るほど食ったんだ。」
 主税は思わず乗出して、酒もあったが元気よく、
「ほんとうか、め[#「め」に傍点]組、ほんとうかい。」
 と事を好んだ聞きようをする。
「嘘よ、貴郎、あの方たちが、そんなことがあって可いもんですか、め[#「め」に傍
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