ら、あどけなく見入って傾く。
その、不思議そうに瞳をくるくると遣《や》った様子は、よっぽど可愛くって、隅の窓を三角に取って彳《たたず》んだボオイさえ、莞爾《にっこり》した程であるから、当の外国人は髯《ひげ》をもじゃもじゃと破顔して、ちょうど食後の林檎《りんご》を剥《む》きかけていた処、小刀を目八分に取って、皮をひょいと雷干《かみなりぼし》に、菓物《くだもの》を差上げて何か口早に云うと、青年が振返って、身を捻《ね》じざまに、直ぐ近かった、小児の乗っかった椅子へ手をかけて、
「坊ちゃん、いらっしゃい。好《い》いものを上げますとさ。」とその言《ことば》を通じたが、無理な乗出しようをして逆に向いたから、つかまった腕に力が入ったので、椅子が斜めに、貴婦人の方へ横になると、それを嬉しそうに、臆面《おくめん》なく、
「アハアハ、」と小児が笑う。
青年は、好事《ものずき》にも、わざと自分の腰をずらして、今度は危気《あぶなげ》なしに両手をかけて、揺籠《ゆりかご》のようにぐらぐらと遣ると、
「アハハ、」といよいよ嬉しがる。
御機嫌を見計らって、
「さあ、お来《いで》なさい、お来なさい。」
貴婦人の底意なく頷《うなず》いたのを見て、小さな靴を思う様|上下《うえした》に刎《は》ねて、外国人の前へ行《ゆ》くと、小刀と林檎と一緒に放して差置くや否や、にょいと手を伸ばして、小児を抱えて、スポンと床から捩取《もぎと》ったように、目よりも高く差上げて、覚束《おぼつか》ない口で、
「万歳――」
ボオイが愛想に、ハタハタと手を叩いた。客は時に食堂に、この一組ばかりであった。
二
「今のは独逸《ドイツ》人でございますか。」
外客《がいかく》の、食堂を出たあとで、貴婦人は青年に尋ねたのである。会話の英語《イングリッシュ》でないのを、すでに承知していたので、その方の素養のあることが知れる。
青年は椅子をぐるりと廻して、
「僕もそうかと思いましたが、違います、伊太利《イタリイ》人だそうです。」
「はあ、伊太利の、商人ですか。」
「いえ、どうも学者のようです。しかしこっちが学者でありませんから、科学上の談話《はなし》は出来ませんでしたが、様子が、何だか理学者らしゅうございます。」
「理学者、そうでございますか。」
小児《こども》の肩に手を懸けて、
「これの父親《ちち》も、ちとばか
前へ
次へ
全214ページ中112ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング