さ。」
「女房《かみさん》が寄せつけやしまい、第一|吃驚《びっくり》するだろう、己なんぞが飛込んじゃ、山の手から猪《いのしし》ぐらいに。所かわれば品かわるだ、なあ、め[#「め」に傍点]組。」
と下流《したながし》へかけて板の間へ、主税は腰を掛け込んで、
「ところで、ちと申かねるが、今の河野の一件だ。」
「何です、旦、」
と吃驚するほど真顔。
「お前《めえ》さんや、奥様《おくさん》で、私《わっし》に言い憎いって事はありゃしねえ、また私が承って困るって事もねえじゃねえか。
嚊々《かかあ》を貸せとも言いなさりゃしめえ、早い話が。何また御使い道がありゃ御用立て申します。」
「打附《ぶッつ》けた話がこうだ。南町はちと君には遠廻りの処を、是非廻って貰いたいと云うもんだから、家内《うち》で口を利いて行《ゆ》くようになったんだから、ここがちと言い憎いのだが、今云った、それ、膚合《はだあい》の合わない処だ。
今来た、あの母親《おふくろ》も、何のかのって云っているからな、もう彼家《あすこ》へは行かない方が可いぜ。心持を悪くしてくれちゃ困るよ。また何だ、その内に一杯|奢《おご》るから。」
とまめやかに言う。
八
皆まで聞かず、め[#「め」に傍点]組は力んで、
「誰が、誰があんな許《とこ》へ、私《わっし》ア今も、だからそう云ってたんで、頼まれたッて行きゃしねえ。」
「ところが、また何か気が変って、三枚並で駈附けるなぞと云うからよ。」
「そりゃ、何でさ、ええ、ちょいとその気になりゃなッたがね、商いになんか行くもんか。あの母親《おふくろ》ッて奴を冷かしに出かける肝《はら》でさ。」
「そういう料簡《りょうけん》だから、お前、南町御構いになるんだわ。」
と盆の上に茶呑茶碗……不心服な二人《ににん》分……焼海苔《やきのり》にはりはり[#「はりはり」に傍点]は心意気ながら、極めて恭しからず押附《おッつけ》ものに粗雑《ぞんざい》に持って、お蔦が台所へ顕《あらわ》れて、
「お客様は、め[#「め」に傍点]組の事を、何か文句を言ったんですか。」
「文句はこっちにあるんだけれど、言分は先方《さき》にあったのよ。」
と盆を受取って押出して、
「さあ、茶を一ツ飲みたまえ。時に、お茶菓子にも言分があるね、もうちっとどうか腹に溜りそうなものはないかい。」
「貴郎のように意地|汚《きたな
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