友染の長襦袢《ながじゅばん》のかさなる袖を、ちゅうちゅうたこかいなと算《かぞ》えるばかりに、丁寧に引分けて、深いほど手首を入れたは、内心人目を忍んだつもりであるが、この所作で余計に目に着く。
ただし遣方が仇気《あどけ》ないから、まだ覗いている件《くだん》の長屋窓の女房《かみさん》の目では、おやおや細螺《きしゃご》か、鞠《まり》か、もしそれ堅豆《かたまめ》だ、と思った、が、そうでない。
引出したのは、細長い小さな紙で、字のかいたもの、はて、怪しからんが、心配には及ばぬ――新聞の切抜であった。
さればこそ、学校の応接室でも、しきりに袂を気にしたので、これに、主税――対坂田の百有余円を掏った……掏摸に関した記事が、細《こまか》に一段ばかり有ることは言うまでもない。
お妙は、今朝学校へ出掛けに、女中《おんな》が味噌汁《おみおつけ》を装《も》って来る間に、膳の傍《そば》へ転んだようになって、例に因って三の面の早読と云うのをすると、(独語学者の掏摸。)と云う、幾分か挑撥的の標語《みだし》で、主税のその事が出ていたので、持ちかえて、見直したり、引張《ひっぱ》ったり、畳んだり、太《いた》く気を揉んだ様子だったが、ツンと怒った顔をしたと思うと、お盆を差出した女中《おんな》と入違いに、洋燈《ランプ》棚へついと起《た》って、剪刀《はさみ》を袖の下へ秘《かく》して来て、四辺《あたり》を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》して、ずぶりと入れると、昔取った千代紙なり、めっきり裁縫《しごと》は上達なり、見事な手際でチョキチョキチョキ。
母様《かあさん》は病気を勤めて、二階へ先生を起しに行って、貴郎《あなた》、貴郎と云う折柄。書生は玄関どたんばたん。女中はちょうど、台所の何かの湯気に隠れたから、その時は誰も知らなかったが、知れずに済みそうな事でもなし、またこれだけを切取っても、主税の迷惑は隠されぬ、内へだって、新聞は他《ほか》に二三種も来るのだけれども、そんな事は不関焉《おかまいなし》。
で、教頭の説くを待たずして、お妙は一切を知っていたので、話を聞いて驚くより、無念の涙が早かったのである。
と書生はまた、内々はがき便《だより》見たようなものへ、投書をする道楽があって、今日当り出そうな処と、床の中から手ぐすねを引いたが、寝坊だから、奥へ先繰《せんぐり》になったのを、あ
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