をした壇を据えて、紅白、一つおきに布を積んで、媚《なまめ》かしく堆《うずたか》い。皆新しい腹帯である。志して詣《もう》でた日に、折からその紅《くれない》の時は女の児《こ》、白い時は男の児が産れると伝えて、順を乱すことをしないで受けるのである。
右左に大《おおき》な花瓶が据《すわ》って、ここらあたり、花屋およそ五七軒は、囲《かこい》の穴蔵を払ったかと思われる見事な花が夥多《おびただ》しい。白菊黄菊、大輪の中に、桔梗《ききょう》がまじって、女郎花《おみなえし》のまだ枯れないのは、功徳の水の恵であろう、末葉《うらは》も落ちず露がしたたる。
時に、腹帯は紅であった。
渠《かれ》が詣でた時、蝋燭《ろうそく》が二|挺《ちょう》灯《とも》って、その腹帯台の傍《かたわら》に、老女が一人、若い円髷《まるまげ》のと睦《むつま》じそうに拝んでいた。
しばらくして、戸口でまた珠数を揉頂《もみいただ》いて、老女が前《さき》に、その二人が帰ったあとは、本堂、脇堂にも誰も居ない。
ここに註《ちゅう》しておく。都会にはない事である。このあたりの寺は、どこにも、へだて、戸じまりを置かないから、朝づとめよりして夕暮までは、諸天、諸仏。――中にも爾《しか》く端麗なる貴女の奥殿に伺候《しこう》するに、門番、諸侍の面倒はいささかもないことを。
寺は法華宗である。
祖師堂は典正なのが同一棟《ひとつむね》に別にあって、幽厳なる夫人《ぶにん》の廟《びょう》よりその御堂《みどう》へ、細長い古畳が欄間の黒い虹《にじ》を引いて続いている。……広い廊下は、霜のように冷《つめと》うして、虚空蔵の森をうけて寂然《じゃくねん》としていた。
風すかしに細く開いた琴柱窓《ことじまど》の一つから、森を離れて、松の樹の姿のいい、赤土山の峰が見えて、色が秋の日に白いのに、向越《むこうごし》の山の根に、きらきらと一面の姿見の光るのは、遠い湖の一部である。此方《こなた》の麓《ふもと》に薄もみじした中腹を弛《ゆる》く繞《めぐ》って、巳《み》の字の形に一つ蜒《うね》った青い水は、町中を流るる川である。町の上には霧が掛《かか》った。その霧を抽《ぬ》いて、青天に聳《そび》えたのは昔の城の天守である。
聞け――時に、この虹の欄間に掛けならべた、押絵の有名な額がある。――いま天守を叙した、その城の奥々の婦人たちが丹誠を凝《こら》した細
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