上げ申したものの言うのでは、桔梗の池のお姿は、眉《まゆ》をおとしていらっしゃりまするそうで……」
 境はゾッとしながら、かえって炬燵《こたつ》を傍《わき》へ払った。
「どなたの奥方とも存ぜずに、いつとなくそう申すのでございまして……旦那。――お艶様に申しますと、じっとお聞きなすって――だと、その奥さまのお姿は、ほかにも見た方がありますか、とおっしゃいます――ええ、月の山の端《は》、花の麓路《ふもとじ》、螢《ほたる》の影、時雨《しぐれ》の提灯《ちょうちん》、雪の川べりなど、随分村方でも、ちらりと拝んだものはございます。――お艶様はこれをきいて、猪口《ちょく》を下に置いて、なぜか、しょんぼりとおうつむきなさいました。――
 ――ところで旦那……その御婦人が、わざわざ木曾のこの山家《やまが》へ一人旅をなされた、用事がでございまする。」

      五

「ええ、その時、この、村方で、不思議千万な、色出入り、――変な姦通《まおとこ》事件がございました。
 村入りの雁股《かりまた》と申す処《ところ》に(代官|婆《ばば》)という、庄屋《しょうや》のお婆《ばあ》さんと言えば、まだしおらしく聞こえま
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