たしても三条の水道が、残らず開け放しに流れている。おなじこと、たしない水である。あとで手を洗おうとする時は、きっと涸《か》れるのだからと、またしても口金をしめておいたが。――
いま、午後の三時ごろ、この時も、さらにその水の音が聞こえ出したのである。庭の外には小川も流れる。奈良井川の瀬も響く。木曾へ来て、水の音を気にするのは、船に乗って波を見まいとするようなものである。望みこそすれ、嫌《きら》いも避けもしないのだけれど、不思議に洗面所の開け放しばかり気になった。
境はまた廊下へ出た。果して、三条とも揃《そろ》って――しょろしょろと流れている。「旦那《だんな》さん、お風呂《ふろ》ですか。」手拭《てぬぐい》を持っていたのを見て、ここへ火を直しに、台|十能《じゅうのう》を持って来かかった、お米が声を掛けた。「いや――しかし、もう入れるかい。」「じきでございます。……今日はこの新館のが湧《わ》きますから。」なるほど、雪の降りしきるなかに、ほんのりと湯の香が通う。洗面所の傍《わき》の西洋扉《せいようど》が湯殿らしい。この窓からも見える。新しく建て増した柱立てのまま、筵《むしろ》がこいにしたのも
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