点]餅《もち》で山の神を祈って出ました。玉味噌《たまみそ》を塗《なす》って、串《くし》にさして焼いて持ちます、その握飯には、魔が寄ると申します。がりがり橋という、その土橋にかかりますと、お艶様の方では人が来るのを、よけようと、水が少ないから、つい川の岩に片足おかけなすった。桔梗ヶ池《ききょうがいけ》の怪しい奥様が、水の上を横に伝うと見て、パッと臥打《ふしう》ちに狙いをつけた。俺《おれ》は魔を退治たのだ、村方のために。と言って、いまもって狂っております。――
旦那《だんな》、旦那、旦那、提灯が、あれへ、あ、あの、湯どのの橋から、……あ、あ、ああ、旦那、向うから、私《てまい》が来ます、私《てまい》とおなじ男が参ります。や、並んで、お艶様が。」
境も歯の根をくいしめて、
「しっかりしろ、可恐《おそろ》しくはない、可恐しくはない。……怨《うら》まれるわけはない。」
電燈の球《たま》が巴になって、黒くふわりと浮くと、炬燵《こたつ》の上に提灯がぼうと掛かった。
「似合いますか。」
座敷は一面の水に見えて、雪の気はいが、白い桔梗の汀《みぎわ》に咲いたように畳に乱れ敷いた。
底本:「現代日本文学館3 幸田露伴・泉鏡花」文藝春秋
1968(昭和43)年10月1日第1刷
底本の親本:「鏡花全集」岩波書店
初出:「苦楽」
1924(大正13)年5月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:真先芳秋
校正:鈴木厚司
2001年6月7日公開
2005年11月24日修正
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