と岩に、土橋が架《か》かりまして、向うに槐《えんじゅ》の大きいのが枯れて立ちます。それが危なかしく、水で揺れるように月影に見えました時、ジイと、私《てまい》の持ちました提灯《ちょうちん》の蝋燭《ろうそく》が煮えまして、ぼんやり灯《ひ》を引きます。(暗くなると、巴《ともえ》が一つになって、人魂《ひとだま》の黒いのが歩行《ある》くようね。)お艶様の言葉に――私《てまい》、はッとして覗《のぞ》きますと、不注意にも、何にも、お綺麗《きれい》さに、そわつきましたか、ともしかけが乏しくなって、かえの蝋燭が入れてございません。――おつき申してはおります、月夜だし、足許《あしもと》に差支《さしつか》えはございませんようなものの、当館の紋の提灯は、ちょっと土地では幅が利きます。あなたのおためにと思いまして、道はまだ半町足らず、つい一っ走りで、駈《か》け戻りました。これが間違いでございました。」
 声も、言《ことば》も、しばらく途絶えた。
「裏土塀《うらどべい》から台所口へ、……まだ入りませんさきに、ドーンと天狗星《てんぐぼし》の落ちたような音がしました。ドーンと谺《こだま》を返しました。鉄砲でございます。」
「…………」
「びっくりして土手へ出ますと、川べりに、薄い銀のようでございましたお姿が見えません。提灯も何も押《お》っ放《ぽ》り出して、自分でわッと言って駈《か》けつけますと、居処《いどころ》が少しずれて、バッタリと土手っ腹の雪を枕《まくら》に、帯腰が谿川の石に倒れておいででした。(寒いわ。)と現《うつつ》のように、(ああ、冷たい。)とおっしゃると、その唇《くちびる》から糸のように、三条《みすじ》に分かれた血が垂れました。
 ――何とも、かとも、おいたわしいことに――裾《すそ》をつつもうといたします、乱れ褄《づま》の友染《ゆうぜん》が、色をそのままに岩に凍りついて、霜の秋草に触《さわ》るようだったのでございます。――人も立ち会い、抱き起こし申す縮緬《ちりめん》が、氷でバリバリと音がしまして、古襖《ふるぶすま》から錦絵《にしきえ》を剥《は》がすようで、この方が、お身体《からだ》を裂く思いがしました。胸に溜《た》まった血は暖かく流れましたのに。――
 撃ちましたのは石松で。――親仁《おやじ》が、生計《くらし》の苦しさから、今夜こそは、どうでも獲《え》ものをと、しとぎ[#「しとぎ」に傍
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