のしらじらに、向うの尾上《おのえ》を、ぱっとこちらの山の端《は》へ渡る鶫の群れが、むらむらと来て、羽ばたきをして、かすみに掛かる。じわじわととって占めて、すぐに焚火《たきび》で附け焼きにして、膏《あぶら》の熱いところを、ちゅッと吸って食べるんだが、そのおいしいこと、……と言って、話をしてね……」
「はあ、まったくで。」
「……ぶるぶる寒いから、煮燗《にえかん》で、一杯のみながら、息もつかずに、幾口か鶫を噛《かじ》って、ああ、おいしいと一息して、焚火にしがみついたのが、すっと立つと、案内についた土地の猟師が二人、きゃッと言った――その何なんですよ、芸妓の口が血だらけになっていたんだとさ。生々《なまなま》とした半熟の小鳥の血です。……とこの話をしながら、うっかりしたようにその芸妓は手巾《ハンケチ》で口を圧《おさ》えたんですがね……たらたらと赤いやつが沁《し》みそうで、私は顔を見ましたよ。触《さわ》ると撓《しな》いそうな痩《や》せぎすな、すらりとした、若い女で。……聞いてもうまそうだが、これは凄《すご》かったろう、その時、東京で想像しても、嶮《けわ》しいとも、高いとも、深いとも、峰谷の重なり合った木曾山中のしらしらあけです……暗い裾《すそ》に焚火を搦《から》めて、すっくりと立ち上がったという、自然、目の下の峰よりも高い処《ところ》で、霧の中から綺麗《きれい》な首が。」
「いや、旦那《だんな》さん。」
「話は拙《まず》くっても、何となく不気味だね。その口が血だらけなんだ。」
「いや、いかにも。」
「ああ、よく無事だったな、と私が言うと、どうして? と訊くから、そういうのが、慌《あわ》てる銃猟家だの、魔のさした猟師に、峰越しの笹原《ささはら》から狙《ねら》い撃ちに二つ弾丸《だま》を食らうんです。……場所と言い……時刻と言い……昔から、夜待ち、あけ方の鳥あみには、魔がさして、怪しいことがあると言うが、まったくそれは魔がさしたんだ。だって、覿面《てきめん》に綺麗な鬼になったじゃあないか。……どうせそうよ、……私は鬼よ。――でも人に食われる方の……なぞと言いながら、でも可恐《こわ》いわね、ぞっとする。と、また口を手巾で圧えていたのさ。」
「ふーん。」と料理番は、我を忘れて沈んだ声して、
「ええ。旦那、へい、どうも、いや、全く。――実際、危のうございますな。――そういう場合には、きっ
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